装甲車
クロスが遺跡で見つけたのは、クロスが持つ銃に使用する大量の弾丸と、この世界における常識的な車とはかけ離れた謎の車だった。
弾丸を見つけただけでも大満足だが、この新たな発見は機械好きのクロスの心を躍らせたのである。
確かに鉄板で装甲を施した馬車や、ゴーレム技術を応用して魔力で走る魔法車もあるが、それとは全くの別物だ。
動力には内燃機関を搭載し、車体の前部にある操縦席で操縦する仕組みで、操縦席の右横にはもう1人分の座席がある。
操縦席の後方には4人ずつ向かい合わせに8人が座れる簡素な座席があり、車体全体を強固な装甲が覆っていた。
後部座席の上部は開放されているが、左右に展開されている天井を被せれば密閉することも可能になっているし、解放しておけば天井部は左右側面の装甲強化に一役買っている。
そして何より異質なのが、車輪だ。
通常の馬車や魔法車の車輪と違い、この車は左右に複数の車輪が並び、それらの車輪を金属製の帯が覆っているが、この構造により高い走破性を有していると予想できる。
強固な装甲に履帯で走行するこの車は回りくどい表現を避ければ、装甲車だ。
クロスがこの装甲車を発見した時、壊れて動かない状態だったが、色々と構造を調べてみたところ、クロスでも直せる程度の損傷であり、欠損していた部品も以前にクロスが発見した謎の遺物がそれであることが分かった。
つまり、この装甲車は軽微な破損により動かなくなった際に主要な部品を取り外してあの部屋に隠しておいたということなのだろう。
魔法技術でない、機械技術の産物ならば構造を理解すれば修理できる。
機械好きのクロスはこの装甲車の修理に取り掛かった。
足りない部品や壊れた部品はドワーフの職人に依頼して修理したり新たに作成することができたが、一番の問題は燃料だ。
内燃機関、つまりエンジンを動かすのに燃える水を必要とするのだが、一般的な油等とはまるで違う成分で、タンクの中にも殆ど残っておらず、このままでは修理しても直ぐに使い物にならなくなってしまう。
かといって、成分も分からない新たな燃料を手に入れる当てもないクロスは、ここだけは魔法技術に頼ることにした。
燃料問題を解決するのにクロスが手に入れたのは『同化の魔石』。
非常に高価なこの魔石は真水でも、油でも、傷薬でも、元となる液体の中に放り込んでおけば、そこに単なる水等の他の液体を混ぜても元の液体に同化させてしまうという魔石だ。
非常に便利な一方で、魔力のこもった回復薬、例えばエリクサー等には効果はないという欠点はあるが、装甲車の燃料は何らかの方法で精製されているものの、魔力によるものでないので問題ない。
燃料タンクに同化の魔石を放り込んで燃料問題を解決し、全ての修理を完了していよいよ試運転にまでこぎ着けた。
「よし、動かしてみよう」
防御を重視しての構造か、運転席へは天井部のドアを開いて乗り込む必要があるため、クロスは側面の足場を使って車体上部によじ登り運転席に乗り込んだ。
因みに、後部座席へは車体後部にある扉を開いて乗り降り出来るのだが、前席とは連絡用の窓があるものの、装甲板で遮られているので後部から運転席への乗り降りは出来ない。
運転席に乗り込んだクロスはハンドルの横にあるスリットに鍵を差し込んだ。
これで準備完了である。
「さて・・・行くぞ!」
クロスはエンジン始動スイッチを入れた。
・・・キュキュ・・キュル・ドルンッ・・ドッドッドッ・・・
低い音を響かせてエンジンに火が入る。
「よしっ!」
エンジン始動は成功、いよいよ走行試験だ。
レバーを前進の位置に入れて、足元のペダルを踏み込む。
ドッドッドッ・・キュラキュラキュラ
履帯が回る独特の音と共に装甲車が走り出した。
「やった!成功だ」
ハンドルを回せばその方向に曲がり、足元の別のペダルを踏めば減速、停止する。
レバーを後退の位置にすれば後退する。
操作は簡単で思うように走る装甲車にクロスは楽しくなり、暫くの間、遺跡の中を走り回って運転を楽しんだ。
とはいえ、まだこの装甲車を遺跡から持ち出すわけにはいかない。
遺跡に通じる洞窟は崩れているし、崩落場所を突破しても迷宮に出るために壁を破壊する必要がある。
崩落箇所は火薬爆弾で開通出来そうだし、迷宮への壁は体当たりで突破出来そうだ。
しかし、それを実行する前にギルドに報告しておいた方がいいだろう。
「早速ギルドに報告に行くか」
エンジンを止めて装甲車を降りたクロスは洞窟を通って迷宮へと戻った。
迷宮の出口に向かって歩くクロス。
「きゃーっ!」
「むっ、無理だっ!」
「逃げるぞっ!」
「おいっ、ちょっと待ってくれ!ナーシャを置いていくのかっ!待てっ!」
この先で何かが起きている。
おそらく冒険者がトラブルに見舞われているのだろうが、ここは迷宮の2階層だ。
おそらく新米冒険者だろう。
クロスは肩に掛けた銃を降ろし、銃の先に腰に差した銃剣を取り付けると槓桿を引いて弾丸を装填した。
ここまでがプロローグです。