ポンコツ職員の失態
「・・・これは、どういうこと?」
クロスがザリード達と出発して2日後、ギルドに出勤したフィオナは愕然としていた。
前日が休みだったこともあり、早めにギルドに出勤して依頼の処理状況等を確認していたところ、とある依頼の完了手続きがされていたことに気付いたのである。
雪山の麓の村からの子供達の捜索依頼で、現地でエマ達のパーティーと臨時の契約がされ、既に達成された依頼の事後手続きだ。
クロスやエマからの報告を聞いていて、その顛末と、この依頼におけるクロスの果たした役割の大きさについては把握している。
その状況を鑑みれば、今回の依頼の報酬はクロスの方が多く受け取っても妥当なところだが、エマ達のパーティーとクロスで折半ということになっていた筈だ。
しかし、駅馬車郵便で届いた依頼の内容は村とエマ達のパーティー間の契約で、そこにクロスの名は無かった。
村の認識の違いで、後からイーナの頼みを聞いて捜索を引き受けたクロスの名が追加されていなかったのだろう。
もしかするとクロス自身もこれを予測していたのかもしれないが、問題はそこではない。
例え依頼書に記載されていなくても、エマ達とクロスの間での合意があれば共同受諾として扱えるし、現にエマとセシリアからもその申し出を受けており、その旨を職員間の引き継ぎ簿にも記載しておいた筈だ。
しかし、依頼完了の手続きを確認したところ、報酬の全てがエマ達のパーティーに支払われている。
その手続きをしたのがそそっかしい新米職員のティア。
フィオナは直ぐに出納担当者に確認したところ、担当者からもティアに確認をしたのだが、ティアが「クロスさんの方の手続きは完了しているので大丈夫」と言うので、そのまま処理されたということだ。
出納担当者の確認不足もあるが、その原因はティアにある。
フィオナは始業準備をしているティアを呼んで詳細を確認することにした。
「先輩、何ですか?」
普段から仏頂面のフィオナだが、その表情がさらに厳しいことを、鋭く感じ取ったティアは上目遣いでフィオナを見る。
実際にはティアよりもフィオナの方が背が低いのに、それでも上目遣いをするというティアの高等テクニックだが、フィオナには通用しない。
「この依頼ですが、報酬の支払いはエマさん達のパーティーとクロスさんの折半となっていた筈ですが、どうしてエマさん達に全て支払われているんですか?」
フィオナの問にキョトンとした表情を見せたティアだが、直ぐに合点がいったように笑顔を見せる。
「あっ、それならばエマさん達からも聞かれたんですけど、私の方でちゃんと処理しておきました」
「ちゃんと処理をした?」
「はい。エマさん達からクロスさんには既に報酬が支払われていましたからね。一昨日、先輩が処理したでしょう?だからエマさん達には『クロスさんには別に報酬を支払ってあります』って説明しておきました」
フィオナの表情から血の気が失せる。
「私が処理したのはエマさん達とクロスさんの間でされたセージさん搬送に関する依頼ですよ。こっちの依頼とは全く別の依頼です」
セージを搬送するためにクロスとエマ達の間で交わされた契約の報酬はクロスがなんとなく決めた、たったの2千レトで、村からの捜索依頼の報酬の10分の1にも満たない安い報酬だ。
「えっ?」
「確かに麓の村からの依頼書の受諾者にはクロスさんの名は記載されていませんでしたが、エマさん達とクロスさんの間で合意があり、報酬は折半ということになっていたんですよ。これは引き継ぎ簿にも記載しておきましたし、昨日の申し送りでも受付職員には周知されていた筈ですよ」
「えっ?それって・・・」
ティアの顔色がみるみる青ざめていく。
ティアのことだ、簿冊はなんとなく目を通しただけで、申し送りも上の空だったのだろう。
「報酬支払いの誤処理です。直ぐにエマさん達に連絡を取り、過大に支払った報酬を回収してクロスさんに支払う必要があります。急ぎなさい」
青ざめていたティアの表情が絶望に変わる。
「で、でも、エマさん達、昨日の間に公都に向けて旅立っちゃいました・・・」
「なんですって?」
「セージさんの治療のために急いで公都に向かう必要があるって・・・」
最悪の事態だ。
報酬の誤処理だけでも大問題だが、直ぐにエマ達に連絡を取り、迅速に修正処理をすれば水の都市の冒険者ギルドだけで対応出来た。
しかし、エマ達が既に旅立っているとなると、公都のギルド本部に報告して対応する必要があるし、万が一にもエマ達から回収が出来なければギルドの賠償問題にまで発展してしまう。
そうなればティアの処分は免れないし、水の都市の冒険者ギルドの責任問題にもなる筈だ。
「せんぱぁい・・・どうしたらいいんですか?」
瞳に涙を浮かべながら懇願するティア。
流石に得意の処世術による涙ではなさそうだ。
「直ぐにギルド長に報告しなさい。報告・連絡・相談は役人の基本ですよ」
最早誤魔化せる状況ではないし、フィオナも知ってしまった以上は組織に上げて対応するしかない。
「はいぃぃ。でも、その後はどうなるんですか?」
「後は・・・クロスさん次第です」
今回の失態で不利益を受けるのはクロスただ1人で、そのクロスの出方次第で事態は大きく変わる。
今回の依頼にはクロスの名が明記されておらず、クロスは当事者間で交わされた口約束により仕事を引き受けたに過ぎない。
無論、当事者間で同意がある以上は正式な契約として認められるがそれを証明するために関係者から確認を取る必要があり、真っ先に確認すべきはクロスの意思だ。
クロスの態度1つで問題が大きくなるか、小さく纏まるかが決まる。
ティアからの報告を受けたギルドの判断もクロスに説明した上で対応を決めるというものだった。
「先輩、クロスさん次第ってどういうことですか?」
「今回の件の被害者はクロスさんです。クロスさんが被害を訴えればギルドとしては様々な調査を経てエマさん達から報酬を回収するか、ギルドが損害を補填する必要があります。ただ、クロスさんが被害を訴えなければ、そこまでにはならず、貴女への処分も軽いものになるでしょう」
フィオナの説明を聞いたティアの表情が一変する。
「せんぱいっ、先輩はクロスさんと仲良しですよね?先輩からクロスさんにお願いしてもらえませんか?そうすればきっと・・・」
ティアのおねだりは理解でしるし、ギルド長からも似たようなことを頼まれた。
しかし、フィオナは同意することはできない。
「ティア、クロスさんの善意につけ入るような考えはやめなさい。それは筋が違いすぎます。やってしまったことを正確に受け入れ、ちゃんと対処することが大切で、それが貴女のためでもあるのです。私も手伝いますから、きちんとリカバリーしましょう」
「・・・はい、分かりました」
そそっかしく、ポンコツなティアだが、根は素直な性格だ。
道を誤らなければ、失敗を繰り返しながらゆっくりと成長し、良いギルド職員になるだろう。
フィオナもそのための手助けの手間を惜しむつもりはないが、そのためにティアを甘やかすつもりもない。
そして、フィオナはこの失態の結末がどうなるのか、概ね予想ができている。
それはフィオナの望む結末ではなかった。




