ドワーフ工房
冒険者ギルドでの手続きを終えたクロスはその足で懇意にしているドワーフの工房を訪れた。
「こんにちは、ドム親方」
「おう、クロスか!」
ドワーフのドム。
鍛冶も行うが、機械細工を専門とするドワーフで、クロスのライフルの弾丸を作ることができる唯一の職人である。
ドムは3人の弟子と共に工房を営んでいるが、クロスとの契約でクロスのライフルや弾丸の構造は弟子にも教えておらず、クロスの弾丸制作はドムが全て行っているのだ。
クロスが訪ねてきたので作業の手を止め、弟子にお茶を用意させるドム。
「お前に頼まれていたアレな、まだ少し時間が掛かるぞ。あんな代物、いくらなんでも中途半端なままじゃ渡せんからな」
「急がなくて大丈夫ですよ」
「そうか。まあ、必ず作り上げてやるから心配せんで待っとれ。・・・ところで、お前があの銃を手に入れて暫く経つが、使い勝手はどうだ?」
ドムに問われたクロスは渋い顔だ。
「難しいですね。確かに、射程の長さと命中精度は抜群です。ある程度の魔物相手なら全く問題ありません。しかし、あくまでもある程度の相手ならということです。使い方にもよりますが、このままではいずれ行き詰まるでしょうね」
クロスのライフルは火薬の威力で金属製の弾丸を撃ち出し、相手を仕留める物だが、物理的な機械なのでその性能以上の威力は無いし、魔法による強化も期待できない。
クロスの見立てでは中型のドラゴンの頭蓋骨ならば撃ち抜けるだろうし、頭部を撃ち抜いて脳を破壊すれば討伐できるだろうが、それは正確に頭を撃ち抜ければの話である。
遠距離からの狙撃で仕留められればいいが、狙いを外せば返り討ちに遭うのはクロスの方だ。
また、金属よりも硬い鱗で覆われたドラゴンやストーンゴーレム等とは相性が悪いし、レイス等の精神体のアンデッドには全く効果がない。
結局のところ、ソロで活動している以上はクロス自身が言ったとおり将来的には行き詰まることになるだろう。
「銃に関しては儂の見立ても同じだ。儂の特製の弾丸でも結局は大差ないだろう。だが、お前が手に入れた例の車の方はどうだ?装甲車、クローラーと言ったか?」
クロスの表情は変わらない。
「使い勝手は良いですね。厚い装甲に速度と走破性、どれも申し分ありません。ゴブリンやオーク程度の魔物ならば戦う必要もなく蹴散らせます。重装甲に加えて重量もありますから、大型の魔物に体当たりしても効果はあるかもしれません。ただ、まだ手に入れて日も浅いですからね、その性能は分からないことばかりで、欠点についてもまだあぶり出せていないというのが現状ですよ」
「なるほどな。クローラーの方の価値は未知数といったところか。儂に調べさせてくれればその性能やら弱点なんかも明らかにしてやれれのだがな」
睨むような視線でクロスを見るドム。
「嫌ですよ。親方に頼んだらバラバラにされちゃうじゃないですか!」
「ワハハッ!心配すんな。バラバラにしてもちゃんと直してやるぞ」
ドムの腕は確かであり、そのドムが言うのだから間違いないだろう。
しかし、クロスは肩を竦めながら首を振る。
「遠慮しておきます。私の方でも色々と試してみたいんでね」
「そうか、そりゃ残念だ。まあいい、何時でも言ってくれ、隅々まで調べてやるからな。儂は機械いじりしか楽しみがないのだから、楽しみにしておるぞ」
ドワーフといえば大酒飲みというのが一般的であるが、実はドムは酒も飲まなければ煙草も吸わない。
飲めないわけではないのだが、精密機械細工を生業としているドムは指先の感覚が鈍るのを避けるため酒や煙草を絶っているそうだ。
尤も、ドムに言わせると酒や煙草を嗜んでいる暇があったら機械いじりをしている方がずっと良いということらしい。
そんな生粋の職人のドムとのやり取りの後、クロスは注文していた弾丸50発を受け取って工房を後にした。
実際には水神の迷宮で見つけた弾丸が大量にあるのだが、ドムの作った弾丸の方が命中精度が高く、使っている火薬のせいか、その威力も通常弾よりも高いので、いざという時の備えとして常備しているのだ。
そして翌日。
クロスは早朝から冒険者ギルドを訪れた。
水神の迷宮よりも更に遠い、月の湖付近での素材採取の依頼がいくつか余っていた筈だ。
月の湖の周辺は強い魔物が数多く生息している危険な場所でありながら、その周辺でしか採取できない素材も多い。
しかし、その素材そのものの価値は低く、素材採取の依頼が出されてもその危険度と報酬の割が合わないので、依頼が余りがちだ。
月の湖周辺での別の依頼を受けた冒険者がついでに素材採取を引き受けることが多いのだが、その別の依頼が出されなければ素材採取の依頼も片付かないのである。
クローラーなら遠距離の移動も問題ないので性能試験のついでに余り物の依頼を引き受けてしまうつもりだ。




