今後について
瀕死の重傷のセージとセージの仲間であるエマとセシリアをトルシア教会に送り届けた翌朝、クロスは冒険者ギルドを訪れていた。
「そうしますと、素材採取の依頼の他に行方不明者捜索と、重傷者の緊急搬送の依頼を現地受諾してきたというわけですね?」
相変わらず無表情だが、加えて呆れ気味にフィオナが確認してくる。
「はい、成り行きですが、そうなりました」
クロスは素材採取の達成証明を提出しながら頷く。
その間にフィオナは新たな書類を出して何やら手続きを進めている。
「冒険者セージさんの件についてはエマさん達から聞いていますし、依頼の受付と、報酬についてもお預かりしていますので、依頼達成として報酬をお支払いします。ただ、行方不明者捜索の件は、当該の村からの依頼や報酬について申し込みがありません。次の駅馬車郵便で到着するかと思いますので暫くお待ち下さい」
「分かりました」
そうは言いつつもクロスはフィオナに叱られるのを恐れてある事実について伏せて報告していた。
通常の依頼は依頼者が冒険者ギルドに申し込みをし、ギルドの仲介を経て依頼を引き受けた冒険者により遂行され、報酬が支払われる。
但し、全ての集落に冒険者ギルドがあるわけでもなく、地方の集落が依頼を出すためには近隣の冒険者ギルドに依頼を出しに直接出向いたり、駅馬車郵便で申し込みがされるのだが、今回のように非常時で、冒険者ギルドに依頼を出す暇がない場合、現地にいる依頼者と冒険者の双方の同意の上で冒険者ギルドへの手続きを後回しにすることも珍しいことではない。
また、双方同意の上で冒険者ギルドを介さずに契約することもあり、それは別に規則違反でもないが、その場合には依頼達成と冒険者の実績としての記録が残らないので、大半の冒険者は事後手続き出会っても冒険者ギルドを介して仕事をするのだ。
今回、子供達が行方不明という事態に対し、先に村からの依頼を受けたのはエマ達のパーティーだ。
つまり、村とエマ達の間で取り交わされた契約であり、駅馬車郵便で送られてくるのもその旨の契約内容だろう。
しかし、エマ達までもが戻らないことに不安を感じていた村の教会のイーナから話を聞いたクロスが『ついで』と称して行方不明者捜索を引き受け、結果としてエマ達の窮地を救い、子供達を救うことができた。
但し、そこに村とクロスの間で契約が成されていないのである。
無論、イーナが村の代表者に報告し、村としてもエマ達だけでなく、クロスに委託した旨の報告がされればクロスにも報酬を受け取る権利が発生するが、セージの緊急搬送のドタバタに紛れてそれ等の取り決めをしないまま戻ってきてしまったのだ。
村の代表者やイーナがその手続きについて失念していたり、手続き自体を知らなかった場合、子供達を救ったにもかかわらずにクロスはただ働きになってしまう。
生真面目で、何事にも緻密なフィオナに知れたらお説教を受ける可能性があるため、クロスとしては、今のところは状況の流れに任せることにしたのだ。
問題の先送りでしかないのかもしれないが、そこに一縷の望みをたくしたのである。
「分かりました。それでは依頼達成の報酬をお支払いします」
報告を受けたフィオナはクロスが元々受諾していた素材採取の依頼の報酬と、セージの緊急搬送の報酬をクロスに差し出した。
「ありがとうございます」
カウンターの上に置かれた報酬を受け取るクロスだが、ふとフィオナを見ると、じっとクロスのことを見ている。
何やら怒っているようにも見えるが、まだ怒られることは無い筈だ。
「クロスさん、お話があります」
「はい・・・」
「エマさん達との契約についてですが、危険な夜間の負傷者搬送の対価として2千レトは安すぎます。もう少しご自分の実力と、請け負う仕事の内容に見合うだけの対価を受け取ってください」
エマ達と交わした契約の報酬が安すぎるとの指摘である。
「まあ、それもこれも私のクローラーあってのことですし、クローラーの能力をもってすれば夜の移動も然程危険なものでもありませんよ。それに、元々1人で帰ってくるだけだったので、そのついでですしね」
「そのクローラーの能力も含めてクロスさんの実力であり、特殊技能なんですよ。第一、クロスさんは今回の2千レトだって、エマさん達が気を使わないための体裁を整えるためのものですよね?」
「・・・」
図星を突かれて反論できない。
「クロスさん、今後のことをよく考えてください」
「今後?」
「クロスさんのクローラー、あの性能ならば今後は今回の緊急搬送のような仕事も増えると思います。クローラーの能力を考えれば、今後のクロスさんの仕事の幅は格段に広がります。だから、ご自分の能力に対して見合った報酬を受け取るようにしてください」
「・・・」
フィオナにはクロスが自分の能力を安売りしているようにしか見えないのだ。
無論、それはクロスの性格によるもので、仕事を選ばない、むしろ報酬が安くて他の誰も受けないような依頼を率先して引き受けてくれ、それはギルドとしても非常に助かっている。
しかし、元々が銃士という使い勝手の悪い職種の上、ソロで安い仕事ばかりしているため、ギルド職員はともかく、他の冒険者からの評判は芳しくなく、多くの冒険者はクロスのことを見下しているのも事実だ。
挙げ句に何を好き好んでか、ギルドでも他の冒険者が避けるフィオナのカウンターでばかり手続きをしている。
それがクロスの評判の悪さに拍車を掛けているのではないか。
仕事を選り好みせず、引き受けた仕事に対しては真摯に取り組み、困った人を見捨てず、苦労や危険を買って出るクロスが正当に評価されない。
フィオナはそれが許せないのだ。




