雪山の戦い
足跡を追ってクローラーで山を登るクロス。
「行先が分かるなら大丈夫。追いつける筈だ」
雪に足を取られる人の足の速さとクローラーの速度は段違いだ。
直ぐに追いつけるとのクロスの思惑だったが、それはあっさりと崩れ去った。
クロスが登り始めて間もなく、雪に残されていた痕跡が方向を変えて谷状になっている急な斜面を下りている、というか魔物に追われて転げ落ちたのだろう。
谷の斜度が急すぎてクローラーで下りようとすれば下手をすれば横転する可能性があり、あまりにも危険だ。
しかも、谷の下を見てもそこから先の痕跡がなく、どちら方向に逃げたのか分からない。
「上に登ったか、それとも下ったか・・・」
クロスは決断した。
クローラーを発進させると再び登り始める。
上だという根拠があるわけでもない、完全にクロスの勘であり、外れれば全て手遅れになるだろう。
それでも迷っている暇はない。
迷って足を止めればそれはただの時間の消費だ。
運転席から斜面の先を睨みながら進むクロス。
クローラーのエンジンと履帯の音で周囲の音は殆ど聞き取れない。
頼りは目視だけ。
そのクロスの視界の先に一瞬だけ強い光が見えた。
魔法攻撃による閃光だ。
「・・・あそこかっ!」
クロスはクローラーの速度を上げた。
「いたっ!戦ってる!」
谷の底、100メートル程離れた場所で炎が上がる。
見えるのは2体のイエティと複数の人影。
子供が3人と、それを守るように2人、冒険者だ。
魔術士と短剣を持つ剣士、いや斥候だろうか。
魔術士は子供達を守りながらも座り込んでいる、魔力切れを起こしているのかもしれない。
クロスはクローラーのボンネットの上に登り、槓桿を引いて弾丸を装填すると立膝の姿勢でライフルを構えた。
目標まで100メートル以上。
風も強く困難な状況だが、的であるイエティの体は大きい。
「・・・イエティでよかった。雪狼だったら無理だったな」
狙いを定めて、ゆっくりと引き金を引く。
・・・バンッ!
発射された弾丸は狙っていたイエティから僅かに離れた足下に着弾した。
「外れ!左に1メートル、やや上!」
槓桿を引いて次弾を装填し、狙いを修正する。
魔術士のエマは紫等級の冒険者だ。
剣士のセージと斥候のセシリアと3人でパーティーを組んで公国内を転々としながら行く先々で依頼を受けている。
今回は旅の途中で立ち寄った村で子供が行方不明になっていると聞き、臨時の依頼を受けてこの山に捜索にやってきた。
幸いにして山小屋の中で震えていた子供達を早々に発見することが出来たが、彼等を連れて村に戻る前にイエティの襲撃を受けてしまったのである。
どうにか逃げ出したものの、子供達を連れて雪山の中を逃走することは困難を極めた。
3体いたイエティの内1体はエマの炎撃魔法で倒すことが出来たが、その後は魔力と体力を削りながら逃走を続ける中、パーティーのリーダーであるセージが倒れてしまった。
エマも魔力切れを起こす寸前で、イエティを倒す程の魔法を放つ魔力もなく、斥候のセシリアはそもそもが戦闘職ではないのでイエティには敵うはずもない。
子供達の体力も限界であり、絶体絶命だと心が折れかけたその時、それはおきた。
エマ達に迫るイエティの足下で雪煙が上がった、その直後
・・・ターンッッ!・・・
何かの炸裂音のような音が響き渡る。
「えっ?・・・何?」
困惑したのはエマだけではない。
エマ達を守るように短剣を構えるセシリアも、イエティまでもが何事が起きたのかと周囲を見回している。
次の瞬間
・・・パカンッ!・・・
・・・ーンッッ!
突然乾いた音と共にイエティの顔面が吹き飛び、その後に続く炸裂音。
頭部を粉砕されて倒れるイエティと、何が起きたのか理解できずに混乱するもう1体のイエティ。
なまじ知能があるだけに状況が把握できずにパニック状態になり、周囲に向けて威嚇の咆哮を上げている。
クロスの放った2発目の銃弾はイエティの頭部に命中した。
「よしっ、当たった!」
次弾を装填して狙いを定める。
風が強くなってきて、チラチラと雪も降り始めた。
見切りで照準に修正を加える。
焦らずに、ゆっくりと引き金を引く。
バンッ!
放たれた弾丸は狙いを僅かに外れ、イエティの肩を撃ち抜いた。
狂乱状態で周囲に咆えまくるイエティは既に目の前の獲物のことなど眼中にない。
・・バシャッ!・・
・・・・・・・ーンッ!
そんなイエティの肩が抉られ、鮮血が飛び散る。
目の前の獲物ではない、こいつらにそんな力はない。
何処から、何をされたのか分からないが、攻撃を受けている。
このままではたった今倒れた仲間のようになってしまう。
幼い子供程度の知能しかないイエティだが、この時は正しい判断をした。
悲鳴を上げると、見えない何かに怯えてこの場から逃げ出したのである。
突然逃げたしたイエティだが、エマ達も後を追えるような状況ではない。
「エマ、一体何が起きたの?」
周囲の警戒を怠らずに下がってくるセシリア。
「・・・分からないわ。・・・あっ!」
呆然と見上げた視線の先、離れた丘の上におかしな箱のような物体があり、その上で立ち上がる人影が見える。
「・・・あの人が?・・・あの位置から?」
エマの思考もまだ現実に追いついていない。




