水の都市の冒険者クロス
職業選択の自由の新作です。
既に連載中の『大宇宙でも職業選択の自由』と同時進行となりますので、大宇宙でも職業選択自由が完結するまで本作の進行はかなりゆっくりとなる予定です。
のんびり付き合っていただけると幸いです。
冒険者クロスはアイラス公国、水の都市の冒険者ギルドに所属する青等級冒険者だ。
そんなクロスの冒険者職は剣士でも魔法使いでも僧侶でもない、とても珍しい職である『銃士』。
火薬で金属の弾丸を発射する銃を駆使して戦う戦闘職だ。
この世界において数十年前に発明された銃は魔力が無くとも誰でも扱うことが可能で、弓士程の熟練度を要せずとも遠く離れた目標を撃ち抜くことが出来る画期的なものであったが、武器としての評価は極めて低い。
というのも、弓よりも長い射程を持つ銃だが、魔力や精霊の力を借りてその威力を強化し、条件さえ整えばドラゴンの鱗すら貫通する弓矢と違い、機械的な原理で球形の弾丸を発射する銃はその性能以上の効果を得られない上、発射音の大きさ等の弊害がある等の理由からだ。
無論、弾丸に魔力を込めたり、希少な金属の弾丸を使用すれば強力な威力を得られるが、それらの弾丸は非常に高価であるにもかかわらず使い捨てであることからコストパフォーマンスが極めて悪いのである。
加えて、銃口から火薬と弾丸を込めて押し込み、目標を狙って引き金を引いてやっと1発撃てるという連射性の悪さに加え、命中精度も微妙でありながら、大量生産が困難で、1丁あたりの価格が非常に高価な点も冒険者達に避けられている理由の1つであり、技術革新が進んだこの世界においても未だに銃の評価は決して高いものではない。
そんな世界に生きるクロスだが、魔力も無く、剣技に優れているわけでもない彼は人々に評価されない銃を手に冒険者として細々と生きている。
それでも、真面目な人柄で、地道に実績を重ねてきたクロスの評価はギルド内でも高く、冒険者として中級下位の青等級まで駆け上がってきた。
銃器の評価の低さや、その特殊性から他の冒険者との連携も難しい上、冒険者が立ち入ることが多い入り組んだ迷宮内では銃としての優位性を発揮することが困難であることから銃士とパーティーを組もうとする冒険者は少なく、クロスも基本的には単独で行動している。
そのような理由もあり、今日も1人で都市の近くにある水神の迷宮に潜るクロス。
冒険者ギルドで依頼を受けての素材採取が目的ではあるが、クロスにはもう一つの目的がある。
今回の素材採取の依頼も急ぎのものでなく、依頼された量も集まった。
「これで依頼は完了。それでは、行くか。いよいよ試運転、うまくいけばいいんだけど・・・」
他に誰もいないのに1人で呟いたクロスは迷宮の奥へと進んでいく。
依頼も熟したのでもう一つの目的のための行動を始める。
水神の迷宮は水の都市から3刻程歩いた森の中にある広大で深い迷宮であり、水神の迷宮の名のとおり、迷宮内のそこかしこに水路が流れているのが特徴だ。
1階から5階程度の浅い階層ならそれほど強い魔物も生息しておらず、新米冒険者でも素材収集等の依頼を受けたり、訓練の為に潜ることが出来るが、ご多分に漏れず階層が深くなれば魔物も強力になり、迷宮も複雑になってゆく。
現在11階層まで踏破されているが、更にその先どれ程深くまで続いているのか回目見当もつかない広大な迷宮だ。
それ故に水の都市の冒険者の中には水神の迷宮を専門に活動している冒険者も少なくない。
そんな水神の迷宮でクロスが数ヶ月前に偶然見つけたのは隠し扉とその先の隠し部屋だった。
迷宮の2階層から3階層に降りる階段の手前、迷宮の壁に溶け込んだ隠し扉は封印や魔法による隠匿もされていなかったのだが、却ってそれが発見を困難にしていたのかもしれない。
クロスがその扉を見つけたのも全くの偶然で、1人で迷宮探索をしていた際にたまたま壁に手をついた際に隙間から僅かな空気の流れを感じたからだった。
壁の向こう側に空間があるのでは?と詳細に調べた結果、扉を開く仕掛けを発見したのである。
隠し扉の先には広い部屋があり、そこでクロスはいくつかの歴史の遺物を発見した。
クロスが持つ銃と数十発の弾丸もそこで手に入れた遺物の1つだが、この銃はドワーフの職人が作った一般的な銃とはその構造も弾丸も全くの別物であり、特に消耗品である弾丸は新たに手に入れようにも水の都市のドワーフの職人に特注で拵えてもらう必要がある非常に手間の掛かる代物だ。
クロスが隠し部屋で手に入れたのは銃と弾丸の他に不規則な切込みの入った謎の鍵といくつかの謎の品々であり、迷宮で入手した物は基本的に発見者が所有権を有するという規則の下でクロスの所有物となったが、銃以外の物はその使用目的も分からず、いくら調べても呪いも無い反面、価値もないと判断されたのである。
そして、この部屋でクロスがもう1つ発見したのが、部屋の崩れた壁の先にあった地下深くへと向かう広い通路、というか洞窟だ。
発見した部屋と洞窟についてはクロスからの報告を受けてギルドと他の冒険者による調査が行われたが、その洞窟は迷宮とは違い、全くの自然の洞窟のようで、地下深くにまで続いていたものの、その先で崩れている状態だった。
調査の結果、洞窟には魔物もおらず、採取するような素材も無いと判明したその後は冒険者達からの興味も失われたのである。
そんな洞窟をクロスは1人進んでゆく。
というのも、調査の結果、何の変哲も価値もないと結論づけられた洞窟だが、諦めの悪いクロスは洞窟の先に他に何かあるのではないか、特に銃の弾丸が眠っているのではないかと期待して洞窟の崩落箇所の調査を続け、とうとう崩落箇所に人が通れる程の穴を掘り抜き、その洞窟の先に新たな発見をしたのである。
クロスが発見したのは遺跡と思われる神殿のような空間と、そこに放置されていた1つ、いや1台の遺物。
保存の魔法でも掛けられていたのか、その遺物は壊れていたものの、長年放置されていたにもかかわらず朽ち果てている様子もなかった。
それらを発見した時クロスはその価値を見出すと、直ぐに冒険者ギルドに報告すると同時に情報の秘匿をギルドに依頼したのである。
冒険者が新たに発見したもの(迷宮の未踏破区域や遺跡、財宝などの宝を含む)についてはギルドへの報告義務はないものの、報告をしておけばギルドが第1発見者であることと、発見した品の所有権を保障してくれ、依頼しておけば一定期間に限り情報を秘匿しておいてくれるのだ。
その期間中にクロスは発見したそれをなんとか修理して運び出そうとしているのである。
洞窟の最深部の神殿に到着したクロスは目の前にある遺物を見上げた。
「さて、いよいよか・・・」
クロスの目の前にあるのは、金属の装甲で覆われた1台の車。
馬が引く馬車や、ゴーレム技術を利用して魔力で自走する魔法車とも違う。
完全に機械的な原理で動く車だ。
これは魔法技術と機械技術が併存し、それでいて魔法技術の方が遥かに発達し、主流となった世界に生きる冒険者の物語。