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Love And War  作者: 豆腐小僧
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06 ファイト・フォー・ユア・ライト






 「エリィース!」


 クィントスだけがそちらに顔を向けると、6人の男が入り口に立っているのが見えた。大声を出していたのはその先頭に立つ無精髭でモヒカン頭の男。間違っても育ちの良さは感じられない。


 男は「見つけたぜ!」。言いながら二人の座るテーブルにドカドカと寄ってきた。周りの客たちはトラブルの予感に席を離れるが、その顔にはどこか祭りを楽しむような下世話な笑みが浮かんでいる。東方人にとって、酒場に屯する連中にとって、つまり傭兵たちにとって、どこからどこをとっても荒事は娯楽の一つでしかない。


 クィントスはモヒカン頭に向けていた顔を、エリスの方に戻す。


「……(だれ?)」

 視線で問うと、

「借金取り」

 モヒカン頭を無視して短く答えるエリス。

 

 その短い言葉で、クィントスには誰だか分かったらしい。


「ヴァンザント? 金貸しの?」

「その子分のチンピラ」


 本人を目の前にして酷い言い草だが、見た目には反論のしようもない。本人もそう思ったのかどうかは知らないが、それについて特に反応もなかった。


 代わりにエリスの肩を乱暴に掴んで、自分の顔をぐっと近づける。それをクィントスは軽く眉を寄せたが、黙って見ていた。


「貸した金は返しな」

「支払期日はまだ先だったはずよね」


「払えるとも思えねぇが」

「それはその日が来たら分かるわ」


「そんな無駄な努力よりも……」


 モヒカン頭の声のトーンがグッと落ちる。肩にかけられた手が服の下にある肌を探るようにネットリと動き出した。ついでに視線も粘り気を帯びる。それでもエリスは身じろぎも、表情も変えなかった。


「ボスの女になればいいさ。俺が『仲介』してやるよ……もちろん『よく知らねぇと』紹介はできないけどよぉ。それでも色街に堕ちるよりいいだろう?」


 金貸破落戸ローカルマフィアの情婦が、色街の女よりましな未来かは各人の考えが色々あるだろう。ただエリス自身はそれに対し、


「前に言ったわよね?」

 とモヒカン頭の手に己の手を添わせた。


 そしてモヒカン頭の頬が緩む間もなく、

「気安く触ると痛い目見るわよって」


 鋭く動いたエリスの手が、モヒカン頭の手を掴み上げる。関節の可動域を超えた捻じりに電流を流されたようにモヒカン頭が悲鳴を上げて、そして体の重心を浮かせた。


 そのままエリスはモヒカン頭のモヒカン頭に載っている箒みたいな髪を掴むとそのままテーブルに叩きつけた。

 テーブルに置いてあった陶器のグラスが中の液体を溢れさせながら転がり、テーブルの下に落ちていく。


「テメェ!?」

 色めきたった、正確にはたとうとしたモヒカン頭の取巻き連中、その五人の男が動く前に、テーブルの下に陶器のグラスが落ちる前に、エリスは次の行動に移っていた。同じようにテーブルの上に乗っていたが、平べったいが故に揺れただけで元の位置に着地したツマミの乗っていた皿を掴む。掴んだと思った次の瞬間には左から二番目の男の顔めがけて投げつける。

 投げつけたと思ったら、同時としか思えぬほどの早業で一番左の男の顎にハイキックを喰らわしていた。


 その場にいた誰もが目を剥き、正確には目を剥く暇もないほどの早業だ。

 元A級冒険者、現在の年齢を考えれば、その称号を受けていたという歴史があるそれだけで、それは只者ではない。そう感じさせる動きだ。

 あっという間に、一人目を戦闘不能にする。


 だが、


 限定された条件下ではそこまでが限界だった。

 素早さこそが信条で、殺すつもりがなく、狭い密着した空間での、複数人相手の喧嘩。


 男たちはもちろんA級冒険者ほどの対応能力があるわけではないが、それでも荒事には慣れている彼らは、こういう相手に、か弱い? 女相手に取る戦法は、恥も外聞も捨てればすぐに思い浮かぶし反応できた。


 男が一人エリスに掴みかかる。

 それをエリスが組手争いから肘打ちを食らわすまでの間に、もうひとりの男が後ろに回り込みエリスを羽交い締めにした。

 そこに次々男たちが掴みかかってくる。


 女相手に四人がかり。いやモヒカン頭も回復したから五人がかりだ。

 物量と力任せな特攻。

 ほとんど人の波で押しつぶす作戦とも言えない戦法だ。


 エリスは羽交い締めにされながらも自由なままの足を使って、飛びかかってくる男たちを蹴り飛ばしていたが、それもすぐに足ごと押さえつけられる。エリスの脚は二本で、飛びかかってくる男たちは後ろに控えるモヒカン頭を除いてもそれでも三人いるのだから、どう考えても計算が合わない。


「床に押さえつけちまえ!」

 モヒカン男が叫んだ。


 素早さが信条の元A級冒険者。これで膂力さえも常人離れしている人外シュプリームなら話は違うだろう。彼ら彼女らであれば、飛びかかってきた男どもをラッセル車のように力任せに吹き飛ばすことも可能だろう。近づくだけでその魔法で状態異常にしてしまうかもしれない。文字通り『目にも留まらぬ』動きが可能かもしれない。しかし人間種として常識的な範囲での『神速』ではこれが精々だろう。


 いや『神速』などと呼ぶべくもない。人間以上の存在がありふれた世界での『神速』とはその字面のままの意味であるはずだ。文字通り『目にも留まらぬ』動きであるはずだ。若しくは後年現れる『白百合』のように圧倒的な『相対的』『神速』であるはずだろう。


 そうでない 素早さが信条の元A級冒険者では精々が『獣速』といったところだろう。

 これが一撃で相手の生命を奪える、たとえ小剣ナイフ一本あれば話は変わってきただろうが。

 債権者を殺すわけにいかない酒場での密集状態での喧嘩ならエリスができることは、袋叩きにされることとの引き換えに一矢報いることが精々だった。

 どう考えてもどうやっても悪手を選ぶことになり、手詰まりになってしまう。


 もちろんそれは、

 一人なら、だ。

 一対六なら、だ。


 二対六なら、話は違う。

 二対五なら、なおさらだ。


 二人組コンビネーションを使えば、素早いだけの元A級冒険者にもやりようがある。

 獣並みに鋭く素早いだけのエリスにも喧嘩のしようがあった。

 二人組コンビネーションだけで、一が二になっただけで、状況は全く変わる。


「ヘイ」


 モヒカン頭の肩が叩かれる。

 モヒカン頭は振り返った。


 モヒカン頭の頭が吹き飛んだ。






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