34 救世主(ヒーロー)
最初に『それ』に気がついたのは、
睨みを効かせるエリスではなかった。
『その方向』を向いていた彼女だったが、三百名の敵兵に牽制を行っていたのだから致し方なかったろう。
彼女が『それ』に気がついたのは二番目だった。
戦士アンガスは最初から最期まで『それ』にも『その只中』に埋もれたことも気が付かなかった。
これも致し方あるまい。
戦士アンガスの視界にはもう現し世の光景など映ってはいなかった。
不思議な光を遠くに見て、その正体をただなんとなく追って、追っていこうとしたが体が動かない状態。それはきっと大量出血が生んだ幻覚だったのだろうが、それを、それだけを、見ていたのだから、彼はもうすっかりこの戦闘の部外者だった。
部外者?
そう、部外者だ。
盟主アラールは、気がつくべき者の中で、最後の一人といっていい順番で気がついた。
へたり込んでいて視界が低くなっていたから気がつくのが遅かったのだろうが、それは最早王ではなく、単なる敗残者だった。
だが、盟主アラールはそのことに気がついていない。
裁断の刃が不可避と決定していることを気がついていない。
それは彼にとって最も幸せな結末だったろう。
恐怖に寄って支配を続けてきた者の結末は多くの場合、その等分の恐怖に晒される場合が往々にしてあるのだから、後悔する間もなかったのは、幸運な結末だったろう。
盟主アラールはまるで津波のような『その』音に気がついた。
それは女傭兵団長エリスが事態の異変に気がついた後。周りの、特に後方の親衛隊達のざわめきが、その場の空気を変えた後。その空気の変化によって、盟主アラールは漸く『それ』に気がついた。
最初に気がついたのは、この三者以外の人間だった。
女傭兵団長エリス。
戦士アンガス。
盟主アラール。
その三者の蚊帳の外にあった者だ。
彼は一から十まで、最初から最後まで、見ていた。
「思ったより速かったね」
そう呟きを漏らした男。老将軍だった。
そう、思導者マクゲンティ将軍だった。
彼は敵兵三千の猛攻に寄って、山林と背後の河川による袋小路に抑え込まれ、それに耐えながら『時間稼ぎ』をするのが精一杯だった。
だから、気がついた。
俯瞰として『その光景』を見ていたから、一から十まで最初から最期まで見ていた。
最初から最期まで、一から十まで(エリスによるほんの小さな変化を除けば)『彼らの思惑通り』だったから、それに最初に気がついた。
「そうですか?」
東方軍副将軍の副官は主人の意見に異論を唱えた。
どこかほっと安堵の色が見えたのは気のせいではない。
彼ら護衛軍一千は『本当に時間稼ぎ』をする以外に、打つ手を持っていなかったからだ。
そのために完璧な守備の、徹底した防衛の意識で以て、部族同盟の攻撃に耐えていた。最初からそのつもりだったから完璧な防衛作戦を遂行できた。
思導者マクゲンティが取った作戦は目新しいものではない。
その作戦は『部外者を作り出す』というものだ。
もちろん、戦士アンガスのように、本当に戦闘に関わることができない部外者となった者ではない。
部外者のように見える者を作り出す。
その為に、思導者マクゲンティは、盟主アンガスとの間に、『戦闘のルール』を確定させた。その様に思わせた。
それは『お互い今ある手札だけで戦う』というルールだ。
だから、強力な黒魔術師を従軍させなかったし、あくまで護衛軍としての編成を貫いた。
まわりに転移のための魔導起点を設置しなかったし、誰がどう見ても援軍の来れない開けた平地を選んだ。
だから盟主アラールはきっと『狐』マクゲンティは、その『方陣の中から』策を、手札を切ってくるだろうと予測していた。そこから二人の心理戦、頭脳戦は始まるのだと『誤解』していた。させられた。
盟主アラールはマクゲンティが方陣を起点にして何か自分を討ち取るための策を繰り出してくるだろうと思いながら、それが何なのか全くわからなかった。だがそうだと信じ疑わなかった。
『狐』マクゲンティを『鉄鬼のビスマルク』よりも脅威と見てその能力を信頼していたから。
だから自分が今の時点でマクゲンティの策を読みきれないのは当然だと思っていた。
当然だ。
なぜならそんな策などなかったからだ。
盟主アラールはエリス率いる群狼傭兵団騎士団の奇襲を読んでいた。
それは自分を討ち取るための幾百かの策の一つだと。
それは微妙にずれている。
確かにマクゲンティは、いやクィントスは、群狼傭兵団の奇襲を盟主アラールを討ち取るための策として使った。
だがそれは策の一つというよりも、策の一部と言うべきだ。
左のジャブで牽制して、右のストレートをぶち込むような。
あっちを見ろっと言って、こっちからぶん殴るような。
単純だからそのために入念な準備を行い、単純だから強力な鉞となった。
思導者マクゲンティは一から十まで最初から最後まで『それ』を見ていた。
一から十までこの策を立てたのは彼の部下であり、弟子であり、家族のような若者であったから、思導者マクゲンティは最初から最期まで『それ』を『見て』いた。
彼も部外者だったのだ。
彼自身はなんの策も持たずに、命だけを天秤にかけた。
もちろん臆病者の彼は、命を賭けても、命を捨てる気などはないのだけれど。
思導者マクゲンティの見ている眼前で『それ』は現れた。
現れたのは誰か。
それは当然この男だ。
これが二人の男女の物語であるなら、
今この時、敵兵三百名に囲まれるヒロインの救世主であるなら。
クィントス・S・ビスマルク。
東方軍総司令官を二百年司るビスマルク家の現当主。ただ一人の帝国軍大将軍。帝国最高の英雄。人類最強。
その『四天のビスマルク』と呼ばれる王の息子。
現れたのは彼だ。彼であるのが当然の帰結だ。
彼は突撃を開始した。
自身の配下百名による騎士隊の突撃を、開始した。
いや、気がついた時にはすでに敵の防衛ラインに喰い付き、喰い破っていた。
まるで鉄砲水のような鮮やかなクィントスの奇襲が、
女傭兵団長エリス。
戦士アンガス。
そして盟主アラールの三人を飲み込んだ。




