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Love And War  作者: 豆腐小僧
33/40

33 一月三舟






 死んだ。


 三百名の兵士に囲まれエリスは客観的に、他人事のように判断を下した。


 最期まで抵抗する気なのはそのとおりだが、もう全てが詰んでいるのもわかった。わかったからと言って足掻かないわけではないけれど。そんな性分なら奇襲が失敗した時点で部下とともに退却していただろう。それより前に、こんな借金も負わずに、あんな男に会わずに、こんな仕事も請け負わず、それどころかそれ以前にどこか遠くで金持ちの奥方でもやっていただろう。


 そんな自分であるから、こうなったのは致し方なく、自由だったのであり、最後の最後までその名の通り牙を剥き続けるのだろう。


 それとは別に、そんなことをしても状況は変わらなく、自分は死ぬだろうと思っていた。自分の命は考慮しない特攻だったのだから思惑通りと言えばエリスにとってはそうだった。


 冷静に猛り、最期の最期まで相手の喉笛を食い破る気でいた。


 戦士アンガスはもう、この戦争の、この戦闘の参加者でも当該者でもなかった。


 戦闘不能者であり、思考不能者だった。


 部族の腹心たちに抱えられ、呼びかけられながらも、空を見上げたまま視界と思考を白濁させていた。


 なぜこうなった?


 そう考えたのは盟主アラールだ。


 無能な部下たちに喚き散らし、あの女を討ち取れと命じようとする、その防衛反応を理性の力でグッと押さえ込んだ。


 今声を発すれば、それが何であれ、臆病者の声色にしかならないと辛うじて自分の衝動に待ったをかける。


 それが自身の親衛隊と言う名の、それには程遠かったと露呈した部下たちの混乱を持続させる結果となった。軍人として司令を下す者としては正しい選択ではない。

 だが、政治家としての盟主アラールは状況を読み間違えなかった。


 なぜなら彼は今、敵兵に牙を剥かれ、無様にへたり込んでいたからだ。

 そして、彼の王としての支配力は、恐怖という鞭と智慧という飴によるものだからだ。

 それが失われれば、自分は無様に裏切られる。実際はどうあれ、盟主アラールはそう信じて疑わなかった。






 西部平原氏族コサクヒラサイクスの族長、アラールの過去を知る者はいない。

 有力氏族の族長の家系に生まれたが、その過去を知る者はもういない。


 全て殺した。


 自分の過去を知る者は。

 自分が元帝国民だと、アラールではないと、知る者は。


 全て殺した。


 残ったのは謎めいているが、様々な智慧によって部族同盟タイタルバンドニスに革新をもたらした盟主アラールという存在だけが残った。それと恐怖による支配を生んだ猜疑心だ。


 この男の葬った過去には、このアラールと名乗る男の後ろには影の様に薄っすらと暗く細い、この男だけの物語が続いている。その影をたどることは今はできない。この物語はアラールと名乗る男の物語ではないのだから。


 この物語は、エリスという女傭兵団長と、クィントスという英雄の息子の物語ラブストーリーだ。


 だからアラールと名乗る男の影は負わずに、二人の男女の光を追うこととしよう。






 エリスは絶体絶命の状況にあった。


 三百名の敵兵に囲まれていたからだ。


 これが『人外シュプリーム』であったなら、個で数に優る存在であったなら、状況を単独で打破できただろう。


 だが、エリスは『普通の人間』だ。『最高ベスト』と言われる元A級冒険者であったとしても。


 普通に三百人を相手にすれば、普通に負ける。

 これが十分の一だったとしても同じかもしれない。

 エリスは状況によっては六人相手の喧嘩にさえ負ける敏捷だか非力な女に過ぎないからだ。


 だから今は混乱している未成熟な集団が、正常な判断を取り戻せば、エリスはあっという間に押し潰されるように、すり潰されるように、斬殺だか、撲殺だか、刺殺だかによってとにかく惨殺されるだろう。


 せめてもの救いは、状況的に、性格的に、生きて捕虜とはならないだろうということくらいだ。


 自分が異民族の価値観でも美しいと思われる程度の外見をしていることは自覚していた。そんな自分が捕虜にでもなった場合に待ち受ける運命はきっとと言わず間違いなく死ぬよりも過酷だろうから。


 死ぬという選択肢があるだけマシだった。


 エリスは薄赤瑠璃色の魔法剣を取り囲む敵兵に突きつけながら、この睨み合いの静寂が破れるのを少しでも先延ばしにしようという意図と同時に、速く破れろという衝動も抱え込んでいた。


 エリスは絶体絶命のピンチだった。


 ヒロインがピンチなのだ。

 こういう時に現れ救うのが主人公ヒーローだろう。


 そしてこれがエリスとクィントスという二人の物語ラブストーリーならばその役割を担う筈の配役も決まっている。


 だが、盟主アラールが事前に予測したとおり、ここにクィントスが現れる要素はない。


 それどころか、東方軍の誰であろうと助けに現れるはずがない。


 魔術という手段を使って現れるにはそのための装置が必要だが、それがない。

 『四天のビスマルク』が率いる本陣は到着するまでまだ一日の距離にあった。

 最も近くにいる思導者コーチマクゲンティの率いる千の東方軍は方陣で三倍の敵兵から防御するのがやっとだった。

 この平原に今いる以上の伏兵が存在しない、できないことも盟主アラールは確認済みだった。


 この戦場にエリスを助けることができる存在はいない。







 だが、これは物語ラブストーリーだ。


 だから現れる。


 英雄は、彼女にとっての救世主ヒーローは現れる。


 そう決まっている。


 だから、現れた。








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