03 赤い狼
マクゲンティ将軍が方陣による迎撃態勢をとり、異民族達がそこに襲いかかる。
そこを見下ろす山林があり、方陣から立ち上る狼煙がよく見えた。
それを眺める一対の目があった。
その目は丘の上に生い茂った枝の塊から覗いている。
もぞもぞと茂みが動くと、そこから一人の男が飛び出てきた。
男は後ずさるように茂みから出ると、眼下の遠く離れた異民族達から見つからないように数歩そのまま後ろ歩きに下がった後、一目散に後方に駆け出した。
林に入り、枝をかき分け、そのまま開けた場所までスピードを緩めずに走る。
その開けた場所は、今は埋まっていた。
テントや荷車、馬車、窯に、鍋、が置かれ、それを運んで利用する者たちによって占領されていた。
彼らの特徴は、殆どが男性であること、武装しているが軍人と言うには軽装で、冒険者と言うには重装である。もちろん、一般市民にしては殺伐としたものがあった。
人数は百名いるか、いないか。
共通点は皆、思い思いの場所に、陽炎を伴った狼の紋章を縫ったスカーフを身に着けていることだろう。
周辺警戒に付いていた者たちが、走ってきた男に一瞬身構えたが、すぐにそれが仲間であることを視認する。
男は警備の者に声もかけずに、一張のテントを目指し、そしてそこに駆け込んだ。
「姐さん!」
男はそこに目的の人物がいるかどうかも確認せずに息荒く、目的の人物に呼びかける。
テントに入った男の目には、別の男たち数人の背中が見えた。
それをかき分けて進むと、やはり目的の人物の背中が見える。
いや、背中は見えない。服を着ているから背中を見えないなんていう意地悪を言う気はないが、目的の人物の背中は、長く伸ばされ波打つ赤毛で隠されていたからだ。
「姐さん」
男がもう一度呼ぶと、その女性、背は高いがそのフォルムは明らかに女性である、は黙って背を向けたまま人差し指を上げて駆け込んできた男を黙らせる。
キュッと引き締まり、革のズボンに隠されたお尻がその下に続いていた。そのお尻の下に続く長い足。どちらかというと男性よりも女性の方が羨望の眼差しを向けそうな長い足。その足はやはり革のブーツに包まれており、左のつま先で、右の踵の後方をコンコンと苛立ったように叩いている。
「姐さん!」
「団長と呼びなさい」
飛び込んできた団員にエリスはすかさず返す。
「博徒の集団じゃないんだから止めてよね」
その凛々しい外見。その勇ましい職。男勝りな地位。それらに反してその声色は極めて女性的、理性的、冷たくはあるが柔らかいものだった。
「で?」
エリスは団員に先を続けるように促す。特に怒った様子もない。団員もそれほど気にした様子もない。いつものやり取りなのだろう。
「あの、団長。帝国軍と蛮族達が予定通りぶつかりましたぜ」
女性はその言葉に男の方を振り向く。
赤い髪が微かに揺れた。
白い面に眉の張った顔立ち。戦場にも関わらずその肌は驚くほど白く繊細だったが貴族女性とは目に宿る意志の強さがまるで違う。
切れ長の大きな瞳。
まさに紅玉と呼ばれる赤い瞳。
赤い髪と赤い瞳。
これこそが彼女が、『炎狼』の二つ名で呼ばれた大きな理由だ。
「みんな出陣の用意を!」
その声に呼応するように男たちが雄叫びを上げて出ていった。
女性はその様子を意外に柔らかな笑みを浮かべながら見送った後、再び振り返った時には、既に別のモノを見て、別の表情を浮かべていたのだった。