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Love And War  作者: 豆腐小僧
28/40

28 結果責任






 軍馬が矢のように、野を駆ける。


 鏃のような陣形で、という意味だ。

 未だ軍馬の速度は抑えたまま。


 先頭を行く、群狼傭兵団アシナクラウン団長エリスの軽騎馬は幾分脚を抑えた速度で進行していた。


 伏せていた林を出た騎馬隊53名は、目の前に広がっていたより大きな森を目指して進んだ。それは開戦前まで部族同盟タイタルバンドニスの軍が隠れていた場所だ。


 その森まで突き当たると、今度はその森の側を北上する形で進み、街道に出ると、角度を変えてUターンするように南下する。つまりできるだけ森に進軍の姿を隠しながらだ。


 先頭を行くエリスの視界、右側に砂塵と群集の塊が入る。


 エリスはグッと睨みつけるように、そこにある形を頭に刻みつける。


 事前の情報と、眼前の情報を、あっという間に脳内で独断で統合し、決断する。


 側を走る各隊長に大声で指示をだした。


 決行前の最後の指示であり、事前の指示の微調整だ。


 隊長達の騎馬が、併走からズルっと滑るように脚を落として後方に下がっていった。

 自身の受け持つ部隊に戻ったのだ。


 残り500mを切ると、はっきりと敵の姿を捉え、現実感を以て存在しているのが感じられた。


 部族同盟タイタルバンドニスの本陣は整然と並んでおり、配置された兵の数300を正確に捉える。


 整然と並んでいるが故に、薄い横腹も、その先にある目的の首の存在感も同様に捉える。


 エリスは先頭を走りながら、僅かに眉間に皺を寄せた。


 微弱な違和感だ。

 だがそれを確認する術も、時間もなかった。


 300を切った時点で、相手の兵が騒ぎ始めた。違和感は消える。

 その時点まで気づかせなかったのは進軍のルートや速度をエリスが気を配っていたお陰であり、上々の結果だと言えるだろう。


 エリスはハンドシグナルで味方に合図を送る。


 後方にいた部隊がエリスを追い越し、横四列縦三列となって先頭に入れ替わった。


 重馬に重厚な全身鎧フルプレートアーマー姿で乗った重騎兵の部隊だ。


 盟主アラールは帝国軍の方陣を打ち破るのに、破壊槌を用いたが、発想、目的は同じである。


 その構えた突撃槍ランスの貫通力で以て、相手陣営の横腹を食い破り、目的である族長アラールの元までエリス達軽騎兵を届けるのが目的だ。


 突撃槍ランスには刃はない。円錐型に作られたその先端は特段尖らしたわけでもない。完全に一直線に相手にぶち当たり、その防御陣営を突破するためだけの道具だ。


 後方に控えたエリスたちは盾を取り出す。


 部族同盟タイタルバンドニス本陣はエリス達奇襲部隊の存在に気がついたようだが、何かをするにはあまりにも距離が近かった。


 だが、あの整然と並んだ部隊ならば、当然の手を打ってくるはずで、それは直ぐに現実となった。


 上空を弧を描く黒く細い小さな影がいくつも見える。


 突進力に優れた騎兵に対する対応策は基本的に射程外からの行動だ。


 その一つはこのような弓隊による攻撃だ。


 エリス達軽騎兵は上に向かって盾を構えると、そのまま前進を続ける。

 視界が暗くなり、そこに時間を置いて、鈍い突き刺さる音が不気味に蹄の音に混じってきたが、それを無視して突進を続ける。


 軽騎兵の機動力を考えれば、すでに十分に近づいており、タイミング的には無視しても良いような攻撃だ。

 弓による反応は散発的で、統制だっているとは思えない。

 だが、重騎兵を先行させなければならないことを考えて使い捨ての盾を用意していたのが役に立った。50騎という兵力と相手の兵力を考えれば無駄な損耗は減らすに越したことはない。


 騎馬隊にとってもう一つ恐れる対応策は、長槍を用いた隊列。槍衾を形成されること。

 だが、そもそも異民族の武器に騎馬隊の突撃に対抗できるだけの長さを持ったやりが選ばれることも、部隊として槍衾を組織できるほどの練兵もない。仮にあったとしても、エリス達の突撃位置に部隊を配置し直し対応させる時間など皆無だった。


 だから、槍兵の存在は無視していい。


 もう一つ、この世界の騎馬兵に対する有効な対抗手段とは、やはりそれも射程外からの攻撃であって、いわゆる魔法攻撃というものだ。


 だが、戦争に魔術が利用されるようになってから数百年以上経過したとは言え、部隊が形成できるほどの魔術師が投入されたという例はない。

 また、異民族にも魔術師はいるが、それは黒魔術師達の高燃費高火力の魔術を使う者の数は更に少ない。殆どが、呪い師の類であり、阻害支援系サポートの魔術師、つまり帝国で言うところの灰魔術師達タイプの魔術師が大半だ。


 魔導文明社会である帝国でさえ、魔術師部隊などという存在を用意することができない。

 数に優るほどの個が存在する世界ではあるので、一人でも50騎の騎兵を一撃で葬り去る魔術師はいるかもしれない。


 しかし、そんな存在がいるならば、とっくに東方軍の方陣は突破されているだろうから、現実的でもない。おまけに槍や弓以上に、高位攻撃魔術を発動するには時間がかかる。


 それだって可能性は零ではないではないか。と言われれば零ではない。

 だが、そんなものはいまさらどうしようもないと切り捨ててよい意見だ。


 エリスは頭を低く、盾を上空に構えたまま進んでいた。


 距離が50を切った時点で盾を捨て、赤いしつらえの鞘から薄赤瑠璃色の剣を抜く。


 漸く、頭をあげて、先を進む重騎兵の間から敵陣の姿を広く捉えたのは、突撃槍ランスが敵陣にぶち当たろうとする十秒もない時間だった。







 突然だが。


 戦争という行為ほど、結果が求められるモノもないだろう。

 どんな残虐非道な行為であったとしても、結果さえ良ければ、罪には問われないどころか、その行為自体が世に知られることもない。

 それは戦争、この場合で言う戦闘というものが、あまりに大きな事柄で、最初の発端と最後の結果くらいにしか、人の認知の及ぶところではないからかもしれない。


 群狼傭兵団アシナクラウンのエリスは、この戦闘に責任を持つべき者の一人だ。


 だから、いくら理不尽であったとしても、その結果のみに、責任を求められる。


 支払いは自分の命であるのだから、責任を求められても問題はないだろう。否応なしに責任を取らされるのだから。


 結果論だとしても。いくらそれが気がつく暇もなかったとしても。


 エリスは結果に責任を負わなければならない。

 過程など関係がない。


 待ち伏せに成功し、東方軍を全滅させるために部族同盟タイタルバンドニスの大半が前がかりになり、本陣を後ろに残して制御の取れない状態になっていたこと。

 隊列を組んだ部族同盟タイタルバンドニス本陣の側面が薄くなっていたこと。

 その先に盟主アラールがいることが一目瞭然であったこと。

 それがあまりにも整然とした突破『口』に見えたこと。


 エリスたちが突撃を開始したことを視認した部族同盟タイタルバンドニス本陣の反応が、薄く感じられたこと、混乱が殆どなかったこと、動きがなかったこと。

 部族同盟タイタルバンドニス本陣からの応射によって、視界が防がれていたこと。


 それに異変を感じ、結果を回避できなかったのは紛れもないエリスの責任だ。


 それはどうしようもない。そんな些細な兆候によって作戦という過程を変更などできない。その責任を問うのはあまりにもアンフェアだ。


 と言ったところで、述べたようにエリスは過程など無関係に結果に責任を持たなければならない。


 少なくとも、それらは瞬時に高位攻撃魔術を発動できる魔術師がいるという可能性ほどには、荒唐無稽なものではない。


 結果論であるから結果を言う。


 群狼傭兵団アシナクラウンの奇襲による突撃は失敗した。


 エリスの眼前で、先を進んでいた突撃槍ランスを構えた重騎兵達の姿が突然に、忽然と、姿を消したのが始まりだ。


 そしてその後ろに続く軽騎兵40騎も、盟主アラールの元は愚か、部族同盟タイタルバンドニスと接敵することさえ叶わず、散り散りになり、敗走するしかなかった。


 エリスだけだ。


 群狼傭兵団アシナクラウンにおいて責任を取らなければならないのは。


 そして、エリスだけだ。


 群狼傭兵団アシナクラウンの中で、敵陣深く入り込み、盟主アラールの眼前に至ったのは。


 エリスだけだった。






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