26 目算
この戦いは、時間との戦いでもある。
鉄鬼のビスマルクがこの戦場に現れるまでにかかる時間は一日ほどとの目算をお互いが共有できているだろう。
鉄鬼のビスマルクが率いる帝国軍本軍一万五千の到達時間である。
援軍の可能性としては単騎で現れる可能性もあるが、妥当性はない。
千対三千の戦いにおいて、鉄鬼のビスマルクが単騎でこの場に現れることでも影響はあるから可能性はあるとしているが。
もしこの場に移動時間の概念を無視して援軍が現れるとしたら、転移魔術による移動が考えられる。
だが、部隊単位での転移を可能にする魔導技術はない。
それでも個が軍に優る可能性がある世界では、人類最強の『鉄鬼のビスマルク』単騎を転移させれば十分な援軍となるはずだ。
だから鉄鬼のビスマルクが先行して援軍に駆けつける可能性も先例もあった。
しかし今回はありえないとお互いが分かっている。
転移魔術は起点と終点で魔導目標を事前に設置しなければならない。
もちろん超一流、『人外』階級の魔術師ならばいわゆる三点式のいずれかの方法のみ、その身一つで転移を行うことはできるかもしれない。確かに『鉄鬼』は『人外』ではあるが、それは戦士としての実力を評価されたもので、魔力の武術利用はできても魔法使いでも、魔術師でもない。
東方軍は奇襲を受けた立場である(という体)ので設置はしていないし、盟主アラールも当然ながら伏兵を潜ませる段階でその有無を確かめている。
鉄鬼のビスマルクと帝国軍本体一万五千が現れるにはあと一日ほどの距離。それが東方軍の援軍としては最速の位置だ。
制限時間は一日というのはこの段階において、盟主アラールの情報収集能力を信じるならば文明の差はあれど共有できているルールであるはずだ。
一日という時間は、平地での三倍の兵力差。それを考えれば現実的には時間制限はないように思えるが、両軍の練兵の差を加味するともしかすると、と思わせなくもない条件だ。
両側を山林に、背後を河川、前方を三倍の兵力がある部族同盟の軍。
東方軍のとり得る手段としては方陣を堅持して援軍の到着を待つのは妥当な戦略でもある。
他に取りうる手段が無いからだ。
それはもちろんもし『本当に』奇襲が成功していたらということが大前提だ。両軍の指揮官がお互いに『芝居』をしていることを承知しているのならば、あとはその『奥の手』の探り合いになる。
東方軍は部族同盟に対して一日持ちこたえれば勝ちが確定する。
もしくは、それまでに何かしらの『策』で盟主アラールの首を刈るかだ。
部族同盟側としては数の力によって力押しで帝国軍を全滅させる。
その時間は十分にある。
あとは帝国軍が何かしらの『罠』を仕掛けていないか、それに引っかかれば負けだ。
少なくとも戦士アンガスが言ったとおり、マクゲンティにとって自分たちから動く必要はない。
盟主アラールとしても、ここまで両軍の軍としての質に差があるとは誤算だったかもしれない。
それでも、盟主アラールにも、将軍マクゲンティにも、戦士アンガスにもその勝ち負けの趨勢は明らかだと思われていた。
それほどまでに援軍が到着するまでの最短時間1日は長く、平野戦における三倍の戦力差は大きい。
だが盟主アラールはその条件ほどには余裕を感じてはいなかった。
自分と似通った将である思導者マクゲンティがなんの策もなく死地にやってくるなど微塵たりとも信じていないからだ。
当然何かあるのだろう?
飛んでくる筈の、自分の命を狙う『矢』の正体を探る。
盟主アラールは、策略と呼ばれるにはあまりにも地道に、事前の情報収集によって可能性の一つ一つを消して、マクゲンティ将軍の手を読もうとしていた。
その結論として、近辺に伏兵を隠す場所がなく、転移魔術の準備をした形跡がない限り、増援に寄って盟主アラールを討ち取ろうとはしていない。
盟主アラールはそう結論づけていた。
ただし、
盟主アラールは事前の情報収集によってごく少数の伏兵を、帝国側も潜ませていることまで掴んでいた。
そのためにマクゲンティ将軍が自ら袋小路に軍を置き、部族同盟を前のめりにして本陣を薄くさせ、そこを弓矢の精密射撃のような一手で持って自分の首を狙ってくるだろう。という一手については読んでいた。そしてそれは不可避の罠だ。
それは致し方ない。部族同盟の歴史的な経緯を考えれば罠に嵌ったと思われる帝国軍を前に軍としての規律を守れなど、不可能なことだ。一度襲いかかってしまえば相手を食いつぶすまで止まることはできないだろう。
だから統制の取れない駒は、その性質に任せて帝国軍を押し込み踏み潰すことに使った。
そして自分の親衛隊だけでなく、戦士アンガスの配下である南部山岳兵も自分のそばに置いた。
政敵である戦士アンガスをその側に置くことの危険は承知しているが、戦士アンガスの性分というものも理解しているつもりだった。この時代遅れの男は決して大義のないことはしないだろうと分かっていた。
この戦場に伏された手札のみでお互いが勝負する。
そういうルールで開戦した戦いだ。
そしてその制限時間は一日。
一日という十分すぎる時間があるのだから、焦る必要はない。だか相手に手を出し尽くさせる必要などない。
飛んでくる『矢』は受けざるを得ない。
マクゲンティ将軍は盟主アラールを打ち取るために自身の命を天秤に載せたが、盟主アラールもこの場にマクゲンティ将軍をこさせるためには自身の命を天秤に載せる必要があったのだ。
だが、他にもあるだろう。
あの『臆病者』の『狐』が他に手を打ってこないなどとは思えない。
そして打つ手があるとすれば、あの方陣の内からに違いない。
種々の条件付けによってそこまでは限定できた。
だがそれ以上は盟主アラールにもわからなかった。
わからないからこそ、盟主アラールは急く必要があった。
他の未知の手など打たせないために、盟主アラールは決着を急いだのだ。
百名の、一機の破壊槌を抱えた部隊が進む。
重歩兵たちが一歩進むごとに超重量兵器の速度は上がっていく。
帝国軍の方陣隊列に襲いかかる味方の背後に至ったときには、彼ら自身にも止められない勢いになっていた。
もちろん彼らは歩みを止めない。
それどころか最後の最後に全力を以て破壊槌の先端に破壊力を籠めるように、歯を砕くほど食いしばり、脚を踏みしめた。
同胞の背中しか見えない。同胞は背からやってくる超重量兵器の気配さえ気がついてはいなかった。
それでも歩みを止めない。
命令があったからだ。
味方ごと、相手の防衛隊列に向かって突っ込め、と。
破壊槌は攻めかかる味方の後方から、味方の肉塊を間に挟み、その向う側にあるはずの帝国軍隊列に襲いかかった。
巨大構造物の破壊を目的に作られた兵器は、人の肉体など何の抵抗も見せずに貫いた。
いや、貫いたなどと生易しい威力ではない。爆散した。
血飛沫は霧散し、破れた肉体から腸が宙を舞う。
対人兵器としては過剰な威力を伴ったそれは、目的どおりに方陣の隊列を内側に食い破った。
金属製の丸盾を整然と隙間なく完璧な防壁を築いていたとはいえ、所詮は人力の防壁だ。
あっさりとその防衛ラインは内側に崩れた。
だから、というわけではないだろうが。
普段、破壊槌など扱うことがないのだから、それに違和感を気が付かないのは当然だ。
血飛沫は霧散し、破れた肉体から腸が宙を舞った、そのほぼ全てが、鎧もつけていない男たちのもので、隊列を貫いた割には何の衝撃もなかったことに対する疑問は沸かなかった。




