16 王と戦士
盟主アラールは謎に包まれた人物だ。
戦士アンガスのグング族は、盟主アラールが族長を務めるコサク族とは近親氏族に当たる。狩猟民族と耕作民族ということもあり、交易はそれなりにあり、交流もそれなりにあった。アンガスの年齢とアラールの年齢もほぼ同年代だ。
だが、ほとんどアラールのことは知らない。
族長となるまでアラールの存在すらアンガスは知らなかった。
同族コサク族でさえ、族長の家系にあったアラールのことを、その人間性はよくは知らなかった。
いや、人間性を一面的に捉えるなら、部族同盟で彼の人間性はよく知られている。
残虐で狡猾。
自分の権威付けのために、帝国民も氏人も同様に取り扱った。
どう取り扱ったかは今ここに置いてある『調度品』をみれば分かる。
単純なる恐怖支配ではない。
盟主アラールは氏族に富をもたらした。あらゆる人種、種族に限らない市場を作り上げたのもそうだ。新しい農作法を伝えたのもそうだ。侵略者との戦いに『戦術』を導入したのもそうだ。
数十年前。東方軍に人類最強の侵略者が現れ、先代の部族同盟盟主と少なくない同胞の命と引き換えに、回復不能なほどの敗北がもたらされた時、彼らの救世主となったのは紛れもないアラールの『知恵』だった。
誰もがアラールを恐れ、しかし誰もがアラールを盟主と認めている。
だが、その『力』がどこから得たものなのかを知る者はいない。
「戦士アンガスよ。お前はその帝国の裏切り者と会って、狐の思惑が何なのかを聞いてきて欲しい」
戦士などと言っているが、命じていることは単なる使い走りだ。
「分かった盟主アラールよ。その通りにしよう」
戦士アンガスは素直に応じた。ピクリとも表情を変えず。
盟主アラールはそんな戦士アンガスの答えを聞くと「ふん」と息を漏らして、つまらなそうに出て行けとその手を打ち払った。
戦士アンガスは移動式住居を出る。
薄暗いテントの中よりも、ずっと眩しい中天の空に、その目を細める。
すぐに外で待機していた部下が寄ってきた。
「いかがでしたか?」
尋ねられて二人は歩き出した。
移動式住居を十分に離れてから、戦士アンガスは若者の戦士に今回の任務のあらましを告げた。
若い戦士は素直に不満げに顔を歪めた。
「そのようなつまらない用事を族長に命じるとは。私が行きましょう」
戦士アンガスは首を横に振った。
別に戦士アンガスは、盟主アラールの使い走りとして扱われることに屈辱を感じてはいなかった。
アンガスは、部族同盟の戦士であると同時に、南部山岳氏族、『山塊に住む狩猟民族』の族長だ。
アラールが部族同盟の盟主の座に就いた時、対抗馬として最も近い位置にいたのはアンガスだった。
そして、それは今も変わらない。つまりアラールにとって、アンガスは同志でもあるが政敵でもある。
先代の盟主が『鉄鬼のビスマルク』に討ち取られて、中央氏族が滅亡の危機にあったのを、アラールが現在の趨勢まで引き戻して以来、アンガス派は非主流派となって、何かと冷や飯食いの扱いとなっている。
それにも戦士アンガスは不満はなかった。
先代の盟主が討ち取られた時、あのままであれば、自分が盟主に選ばれていれば、そのまま彼ら中央氏族は滅亡していただろうと、戦士アンガスはわかっていたからだ。
東方軍に『狐』が現れて、戦の有り様が変わってきた時代に、それでもアンガスが戦士としていられるのは、盟主アラールがいるせいだからだと分かっているからだ。
そして盟主アラールが自分たちグング族をそのように扱わなければならないのも、『政治』としてのポーズだと分かっているからだ。
盟主アラールの残忍さと狡猾さによる恐怖支配だと言ったところで、それは統治方法の一様でしかない。結局それが部族同盟にとって生存の選択肢だったのだ。
若き戦士は自分のような者こそ盟主に相応しいと思ってくれているようだが、戦士アンガスは自分がすでに時代遅れになっていることを素直に認めていたのだ。
後はそう、
死に方の問題だった。