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Love And War  作者: 豆腐小僧
12/40

12 犯罪計画2






 一悶着ありましてー。


 なんとか無理矢理心中を回避して、エリスを椅子に座らせる。そうでもないと危なくて話もできない。

 エリスとしても、もうここに来ては逃げ道を塞がれていることをヒシヒシと感じていた。


「シレッと窮地を救ったフリすれば、ばれっこないって」


 などという言葉も何の安心も与えない。抜け殻のように今までの青春時代の走馬灯に囚われている女傭兵団長の姿があった。


 ブツブツと独り言を繰り返すエリスを気味悪そうに見ながら、クィントスは静かになっただけ良しとして説明を続ける。


「待ち伏せにあったジーさんたちを蛮族たちは川の方へと押し込もうとするはずさ」


 クィントスは東方軍を逃すまいとする異民族たちは、護送軍の逃げ道を防ぎ、街道からできるだけ河川側に押し込みたいと動くと読んでいた。特に囲みを突破されて自分たちの後方に広がる平野部に逃してしまっては歩兵が大半を占める異民族たちでは獲物を逃すことになる。


 伏兵ということを考えても、襲歩によって東方軍が混乱から立ち直る前に、そして全速力の勢いを使って、獲物を囲いの奥に押し込むはずだ。


 『戦術かぶれ』と言われる今の部族同盟タイタルバンドニスの盟主ならそうする。いや、そうでなくともこれだけの好条件なら、誰が軍略を練っても逆に言えば他に取る策は(心理的に)ありえなくなる。


「エリスたちの仕事は、東方軍が襲われてから、だ。エリス? 大事なところだからちゃんと聞いてくれよ」


 その言葉にエリスは顔をあげた。もちろん下を向きながらも話は聞いていたのだが。その表情は明らかに不満に思っているようだった。いや、知っていればこんな仕事引受はしなかったのにというところだろうか。


 クィントスとしてはそうだから言わなかったので、気にせず説明を続ける。


 クィントスは新たに四角の駒を出してきて、戦略盤タクティカルボードの左端においた。東方軍の進行方向にあたる。


「マクゲンティ将軍なら不意を突かれても崩れはしないだろうから、それを押し込むために通常以上に前面に兵が偏り、本陣のある後方は薄くなる。エリスたちには騎馬隊の機動力を使って一気に本陣を強襲。族長の首を頂いて離脱。簡単に言えば作戦はこんなところだ」


 真剣に考えたくない、と表情に現れているエリスだったが、ここに至っては腹をくくったのか、諦めたのか、ため息を吐いてから戦略盤タクティカルボードを見つめる。


「異民族と東方軍が君の思惑通り動くとして……」

 エリスは四角の駒をその細い指でトントンと突いた。


「私達がいたら、そもそも異民族たちはひっかからないんじゃない?」


 部族同盟タイタルバンドニスが伏兵を隠すなら、袋小路側面にある森林部分しかない。

 つまり、エリスたちが隠れられる場所には『先約』があるわけだ。

 それ以外の平野部に兵がいたらたちまち見つかってしまうだろう。


「だからこそ君たち群狼傭兵団アシナクラウンの出番だ」


 そう言って同じようにクィントスは四角の駒を、男の太い指でトントンと叩く。


「確かに軍を隠せる場所はこの二箇所の森林しかない。けれど小隊規模の騎馬隊なら……この西側山林の後ろにある小さな森の中に隠せる。敵の斥候に見つからないように二日後には潜伏してもらう」


「潜伏期間は?」


「二日後にたどり着けるとしてそこから9日」

「それであの量の兵粮を用意しろっていったわけね」


 用意する食料の量に、最初は難色を示したエリスだったが、クィントスは自分の方から援助を申し出てまで大量の兵糧を用意させた。その量はなるほどきっちりと明日から10日分だ。


「すべてのお膳立てが上手くいくとして」

「いくさ、行かなきゃトンズラすればいい」


 そういう訳にはいかない。兵糧の件も合わせて、エリスとしてはもはやこの仕事で成功して、族長の首にかかった金1万を手に入れるか、奴隷堕ちするしかもう選択肢はないのだ。トンズラして賞金稼ぎに追われるという選択肢もあるが。


 大体、クィントスも今回の任務に失敗すれば、本当に異民族に副将軍を売ったことになる。バレなかったとしても、罪悪感くらいはないのだろうか?


 どんなヒドい男でも、エリスには関係のないことだが。 

 他人のことより自分のことのほうが先程も言ったように切羽詰まりまくっているわけだし。


 いや、クィントスを東方軍に裏切り者として差し出すか、それとも族長に差し出すのも良いかもしれない。異民族に彼を売って、そのかわりに東方アフグスタン以東に逃して貰えば、賞金稼ぎも追っては来れないだろう。以東には様々な王国もあるというし、必ずしも文明的な生活が送れないというわけでもない。


 それも悪くないかも。


「……なんか物騒なこと考えてねぇ?」

「……冗談よ」

「何が?」


 冗談である。


「とにかく全ての準備ができたとして、三千の軍の本陣側面を突き破って族長の元までたどり着けるのかってところが、最大の問題よね」


「そうだな」

 命がけの任務を振っておきながらクィントスはあっさりと頷いた。


「前のめりになった部族同盟タイタルバンドニス軍、兵科は軽装の歩兵が主。そうは言っても族長の周囲にはそれなりに分厚い兵層ができてるだろうな。上手く突破できたとしてもエリス達の騎馬隊五十だと、脚を止められたらまず助からない。だから相手の陣を横に突破して駆け抜けそのまま首を持って逃げる」


 やはりあっさりと、そしてあっさりと言葉を続ける。


「けれど、殺ってもらわなきゃな。それだけの価値と腕があるだろ? 炎狼アセナエリス」


 クィントスの言うとおりだ。エリスに選択肢はない。いや与えられた大金を得るチャンスに感謝すべきだろう。

 とは言え、クィントスが自分の隊を率いてこの強襲部隊をやらず、わざわざ漏洩の危険を犯してまで『初めての業者』であるエリスを雇ったのは、単純に分の悪い賭けだからだ。


 クィントスにはそこまで危険を犯して任務ミッションをやる必要はなく、エリスにはそこまで危険を犯して仕事ジョブをする必要があった。


 なるほど、確かにウィンウィンだ。幸運の神様に中指立ててあげたいほどにラッキーだ。


 エリスはいよいよ腹を決めた。

 この女性はいざとなれば即断即決の肝があるようだ。だからこんな有様になったとも言えるけれど。


 エリスは椅子から立ち上がった。


「とりあえず団員に任務の概要は説明するわ。ここまで残った連中ならこの話を聞いても逃げたりしないでしょう」


「任せるよ。具体的なことは伏せといて」

「問題ない」


 エリスは天幕から出ていった。


 残されたのは東方軍下級百人隊長。『四天のビスマルク』の嫡子である男と、その護衛である斥候武官レンジャーの男のみになった。


 クィントスは年嵩の斥候武官レンジャーの男を睨みつける。

「お前なぁ。主人が殺されそうになってるんだから助けろよ」

「若殿があんな『嘘』を言ったのが悪いのではありませんか。自業自得です」

「自業自得だったらお前が俺を見捨てていいって理由にならねぇだろ! たく。それに正直に言えるかよ」


 クィントスはエリスがどいた後の椅子に腰を下ろすと、両腕を頭の後ろに組んで、体を伸ばした。

 そして戦略盤タクティカルボードに目をやる。


「騙してましたなんて、言えねぇよなぁ」


 四角の駒を、つまらなそうに見つめた。






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