11 犯罪計画
「お膳立ては正規軍がやってくれる」
作戦の詳細が知らされたのは、エリスたち群狼傭兵団が、バダイを出発して二日目の夜だった。
ランプのゆらめきが照らす机の上。
クィントスは二十センチ四方の革を広げた。
中には丸や三角をかたどった木片が現れる。
個人携帯用の作戦盤だ。エリスも冒険者時代によく使っていた。傭兵団長となった今は、もう少し立派な、具えの良いものを使っている。
天幕内にいるのは、クィントスとエリスの他にはクィントスの腹心らしい男が一人いるだけだ。
エリスの記憶では、クィントスと出会った時にいた斥候武官の男だ。彼は名乗りもせず会話に混ざる気配も見せなかったので、エリスはいないものとして無視することにする。
それより今回の任務についての詳細に集中するべきだ。なにせ群狼傭兵団の作戦はすべてエリスが担っている。東方での傭兵たちは対異民族戦において細かな作戦を立てることはない。現場における個人裁量でやっていく部分が大きい。それゆえトラブルも多いのだが、群狼傭兵団の面々は比較的『お行儀が良い』部類だと思う。
相談することはあれ、百人弱となった群狼傭兵団の作戦担当は団長の独断でやっており、それでなんとかやってきていた(文句は出る)。
それに今回の仕事はあまり大人数で相談することはしないほうがいいと、エリスも思っていた。
詳細を聞けば、団員たちが従わない危険があるからだ。ここに来るまで詳細をエリス自身教えてもらっていないということもあるが。
バダイで大まかに、かなり大雑把に、任務を告げた時でさえ、後払いでの大仕事という条件に団員の少なくない人数が逃げ出した。
こんな状況になるまでついてきてくれた、比較的団の結束が強かったとエリス自身思っていたが、さすがにそこまではついていけないと、おおよその雰囲気だけで団を離れていった。
それはいい。
先に述べたとおり、口減らしにはなったし、今回の仕事に必要な人数は50騎。それには十分数は足りている。残った団員たちは自分と同様後がない連中ばかりで、毒を食らわば皿までと、最期までついてきてくれるだろうから。
思案するエリスを相手に、クィントスは戦術盤に駒を配置していく。
まず朱く塗られた丸い駒を盤の中央に置いた。
「これが今回の『餌』」
「餌?」
「囮って意味」
「誰なわけ?」
「帝都の叔父さんと、ウチのジーさん」
クィントスの雑な説明にエリスはもっと詳細な人物像を述べろ、と眉をひそめてみせた。
「帝都で失脚したらしいマクミランの叔父さんだよ。ジーさんっていうのは東方軍の副将軍。つまりナンバー2」
眉をひそめたエリスのそれが更に深くなる。
「東方軍のナンバー2って、あの『思導者』マクゲンティ?」
「そそ、そのじーさまがその日、一千の兵で叔父さんを護衛しながら行軍して街道を通る」
「そりゃあ、あの『思導者』マクゲンティなら囮としては申し分のない大物だけど、大物だったら引っかかるってもんでもないわよ」
その言葉に、クィントスは新しい丸の駒を、先においた朱い駒の北側に置いた。そしてさらに今度は三角の駒をその間に置く。
「この丸い方の駒はウチの親父が率いてる東方軍本体」
「『四天のビスマルク』の規模は?」
「一万五千。騎兵がメイン。あのあたりは東方では珍しい開けた場所だからね」
「それでこの三角は?」
「今回のターゲット。部族同盟が作戦決行時に集めているだろう兵力。族長自ら率いる三千」
「喰いつかないでしょう?」
異民族の兵力三千は、彼らとしてはかなりの兵力だ。基本的にゲリラ戦が主の異民族たちは軍としての統率が必要な兵数はあまり用いてこない。
というのが5年ほど前までの常識だった。
その例外が部族同盟の、盟主自ら率いる軍である。それならば、それなりに組織的な動きはできるだろう。
が、
しかしそうはいっても三千にすぎない。
囮は千。三倍の兵力があると考えれば狙い目だが、それに目を向けている間に『四天のビスマルク』という東方軍最強の槌に背中から打ち据えられるなんて愚を、さすがに頭の悪い異民族たちも犯すとは思えない。
「いや、ウチの親父の軍は距離的に間に合わない。そもそも襲われていることに気が付かないだろうな。襲われてから狼煙をあげたとしても平地での三倍の兵力じゃあ、おそらく襲撃に反応できたとしても半日だ。奇襲だってことを考えれば数時間ってところが妥当だな」
そう言ってクィントスは朱い『囮』の駒の周りをなぞってみせる。
「おまけにここは街道の側を山林が、その先は川になってる。伏兵を置くには絶好のポイントでね。最初に左右の山林に伏せた兵で挟み撃ちにしてから包囲。南側の河川に向かって押し込めば袋小路だ。後は『四天のビスマルク』が来るまでに皆殺しにしてトンズラ。東方軍は軍略の中心人物を失うことになって……ギャフンって感じ」
クィントスはそこで言葉を切ると質問を受け付けるようにエリスを見た。
エリスはほっそりとした指を唇に当てたまま少し考えた後口を開く。
「そもそも引っかかるだけの情報を部族同盟が掴んでいるのかしら?」
そうでなければそもそも『囮』の存在自体に気が付かないだろう。それでは意味がない。しかし気づかせるためとは言え、護送軍が鳴り物鳴らして練り歩くなんてわざとらしい真似をすれば罠だとバレてしまう。
クィントスは「大丈夫」と相変わらずのお気楽な感じで答えた。
「知ってるよ。部族同盟にジーさんと親父の行軍予定を売ったの俺だもん」
エリスは硬直した。
それから猛烈な勢いでその場にいない者として無視していた斥候武官の男の方を見る。同じ勢いでクィントスの方を見た。いや、首根っこを掴んだ。
「近い近い」
「売ったって……なに?」
「小遣い稼ぎに、部族同盟のスパイに情報を漏らしてみました」
「……当然東方軍もそのことを知っているんでしょうね? 今回のことは東方軍の正式な依頼なんでしょ?」
「下級百人隊長が副将軍を囮にした作戦立案なんて言っても通ると思う? それに正式な作戦だったら下級百人隊長ごときの出番も、借金まみれの弱小傭兵団の手柄もあるわけねードゥ!」
エリスの頭突きが炸裂した。クィントスはたたらを踏んで、鼻を押さえる。
「それって裏切ったってことじゃない!?」
「お、おヒつけアリス」
「エリスだ!」
今度は蹴りが飛んできたが、大きな図体であるにも関わらず、クィントスは器用に避けて椅子を盾にしてエリスに落ち着くように説得した。
が、エリスとしては落ち着いている場合ではない。
クィントスのやったことは明確な背任、もしくは売国、外患誘致罪だ。最低でも死刑。最高なら死刑。処刑の方法が違うだけ、の重大犯罪である。
「な、な、なんてことを!!」
涼しげな面で、A級冒険者としての胆力もある、女傭兵団長がみっともないくらい狼狽えていた。
「大丈夫! アリ……エリス! だーいじょうぶだって! 俺を信じろ!」
「信じられるかこのクズ男!」
そう言ってエリスはゆっくりと自分の腰にある得物。芸術的な歪曲を見せる三日月刀を見た。
冒険者時代から使っている愛剣である。
朱いしつらえの鞘に収められたその薄赤瑪瑙色の美しい刀身を持つ魔法剣はまさにエリスのために作られたような一振り。自身の分身とも言えるものだ。
「エリス……さん?」
野郎の言葉には反応せず、エリスは愛剣を思い詰めた様子で握る。
「もしもし?」
「売国奴として車裂きにされるくらいなら、いっそアンタを殺して私も……」
「おい! まだヤッてもないのに心中なんてできるかよ!」
「心中じゃないわ……これは、そう……あれよ……」
「なんだよ!?」
クィントスはエリスの思い詰めた顔色と刃傷沙汰の気配に、自分の護衛に目をやる。
「お前もぼさっとしないで止めろっ!」
だが、主人の言葉に斥候武官の護衛は動かない。それどころか、
「痴話喧嘩は職務外です」
との返答が返ってきた。
「ヤッてねーー!!」