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古取り  作者: 関本始
19/54

3.(-0.5~) 幕間 加奈子

 その日、朝一の配送バイトに向かう駅でわたしは彼女を見つける。雲のように浮かぶ幻とは別の実在。追いかけるべき人。わたしは駅のホームの電光掲示板を確かめるふりをして、上り線に並ぶ影を確かめる。祥子さんに違いない。冷えた朝の空気が澄んだ朝日と影の間に直線を引いている。十年がすぎてもそのたたずまいと雰囲気は変わらない。ひたひたに墨汁が満ちた夜道を歩くような清潔な。ずっと探していた。祥子さんが並根と古取守を裏切った日から。


 わたしはエージェントの名門の家柄に生まれた。なのに、わたしには古取りの才能がなかった。初頭教育の期末の課題で役割の一次判断が下される。”両親の昨日の物語”という絵を描く試験を兼ねた行事が七月にあった。全くのまとはずれの絵をわたしは描いた。教師たちは失望した。古取りの子供たちは敏感だ。そういう劣等・優等の評価を”物語”から感じとる。ほどなくして、学校にわたしの居場所になくなった。そのころには、家にも居場所はなくなっていた。


 行き場のないわたしは、一人の時間を校庭の大けやきの日陰に潜んで過ごした。二人の兄はエージェントの幹部教育クラスに進んでいる。わたしは、”エージェント”もちろんのこと、”運び手”にもなれない。教師たちは呆然としながら、わたしの扱いを保留にし続けた。人として古取守から放出するか。そんな声がどこからか聞こえてくる。


 その年の秋のある日、大けやきの下でわたしは並根に出会った。並根は同級のだれよりも強い”読み手”の力を持っていた。心臓が暴れて、感覚を乱れた。息が冷たくなった。日向がまぶしかてくらくらした。わたしは肩をすぼめ、虫歯の痛みを思い出した。

「ごめんなさい。邪魔をしてしまって」

並根が幹の向こうに隠れる。

「人のこないところを探していて。わたしは、みんなの”物語”に触ってしまうから」

わたしは鼓動を吐き出しながら、恥ずかしくなって笑った。わたしの力は弱すぎた。並根がわたしの”物語”に触れたことも分からなかった。

「わかんなかった。わたし、大丈夫みたい」


 わたしたちは自由帳に落書きをして時間をすごした。流行りもの妖怪退治の漫画がわたしたちは好きだった。髪の長いキャラクターを書いて遊んだ。

「けれど、妖怪はわからない」

並根の骨ばった長い指は線をなめならに引くのが苦手だった。彼女にも苦手なことがある。そうわかるとわたしは得意になってよくしゃべった。

「漫画の?どのへん?」

並根がわたしの絵につけ加えるキャラクターはみんな寒さに震えてるみたいだった。

「人がみんなで作り上げたものだから。生きてないから、”物語”がはないから」

並根が続ける。知性の器が”物語”、それを運ぶのが”古取り”たち。古取守がその”書庫”の保管場所。編集されたストーリーは並根の知るそれとは違う。

「ごめん・・・わたしが、おかしい」

並根が冬の木枯らしに沈みこむ。

そのとき、わたしはおずおずと、ずっと息の底に押し留めていたこと並根に伝えた。

「わたしには見えるときがあって。作り物の。妖怪とか化け物とか、都市伝説とか。動画とか見てても。みんなが知ってると・・・わたしにはよく見える」

本物みたいに。”古取り”には不要なもの力。知性が正しく読めない。作り物に惑わされる落第生。力のないから想像に逃げている。そう思って誰にも言えなかった。

 並根から顔を背ける。地面と木の根が見える。焦げた枯れ葉の虫食いの穴に風通って揺れていた。並根が身じろいだのがわかる。うつむいたままの時間がスケッチブックの表面を流れた。

「わたしって、古取守の役目はできないからさ」

息が熱した鉄のように熱くなった。時の流れのように、胸の奥を焼いたことを。

「違う」

といって、並根はもぞもぞと背中をむける。わたしの背中によりかかる。

「ごめん、目で見てしまうと。加奈子を読んじゃうから」

でも、伝わってほしいから。並根は細く、細く零した。

背中あわせで、彼女の灰色のカーディガンの柔らかさを背骨に感じる。昼に擦りむいた膝の痛みを忘れた。

「加奈子の”物語”のそれはとてもすごい力」

並根がかすれた声で言う。何度か、小さく繰り返す。


 初頭の四年になった。わたしたちは友達だった。嘘じゃない、本当の。劣等のまま居場所ないわたし。教師たちが驚き、上気し、困惑し、やがて青ざめた並根。二人で学校の端っこにいた。その春の日が、おしゃべりする最後だとはわからなかった。ぽとり、ぽとりと降る小雨のようにその日が来た。


「わたしは鈍感だから、気が付かなかった」

声を低くした。喉が熱くて、涙声を隠そうとした。学校は、並根のために特例のカリキュラムが組んだ。

 ”読み手”たちは、その力が成熟すると古取守の奥、鎮守で師について修行をする。高等教育の期末のから始まる。並根は初頭の今から師につくという。

「祥子先生のとこにいくの。一番に強い力の人」

うん、とわたしは短くうなずく。うなだれた頭が重たい。

「遊びにいく」

わたしは続ける。けやきの葉の隙間から曇り日が落ちる。過去の曖昧な思い出のように揺れて、影が肌をこする。

「ここに来る。遠いけれど、できるだけ。歩くから」

並根は背中を向けている。歩いて30分、坂道続きで自転車は難しい。

うん、とわたしはうなずく。何度も。


 上り線に祥子さんが滑り込む。窓を透かす光がホームを待つとりどりのコートに包まれた人の”物語”を横切っていく。わたしは祥子さんの背中を追う。


ー並根をよろしくねー


古取守から消えるとき祥子さんはそういった。



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