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古取り  作者: 関本始
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2.8 島原譜綴

 その家は庭木が迷い事のように乱雑に伸びていた。ぴかぴかのSUVの上に葉が落ちる。木陰の向こうの応接で加湿器の音がせき込む。沈黙の間を埋めようとしている。島原譜綴は息をつめている。肩をすぼめている。狭い隙間に押し込められたように。詩歌はわたしの隣でうつむいている。

「いいえ、特に理由はなくて」

島原文の母親は目を細める。

「いじめられていたのはうちの文ですよ。この子が中心になって」

声が震えている。わたしは応えられないでいる。わたしも”読み手”だ。人の内面を除き見る。怪物と同じ。彼女もそうだろうか。

譜綴が鉛色のスカートの折り目を強く握る。セルライトの目立つ手の甲を皺がこすっている。

「一番近くにいた子が詩歌さんです、この子がたぶらかしたんです」

血走った目の端に目ヤニの跡が見える。わたしは譜綴の”物語”をくぐる。理由を隠している。

譜綴がくすくすと短く喉を鳴らす。耐えきれなくなって、頬をほころばせる。ねじまきの軋みのよう細く、甲高い声で笑う。


夢を見て生きてきた。恵まれた家庭。十分なレッスン。一筋に、打ち込んできた。そのピアノを撫でるその指が止まる。

力のない音がページに染みている。誰かの声。繊細な心が知ってしまったその声。


ー何もないのあの子には。恵まれたすぎてるのよ。ずーっとお花畑で生きているー

ー島原財閥の生まれでしょ?そんな子がやる音楽なんて、あんなものよー


「わたしではダメだった。だから、文には・・・悲劇が必要なの。失うの、大切な人を。その子を。救ってくれた彼を。初めて恋したその子を」

わかるでしょ?譜綴の”物語”のそう記されている。


自分を恥じなくては芸術は光らない。

痛みを見せつけなくては音は輝かない。

傷がなくては、崇拝はない。


「詩歌くんは、まだここにいるの?あのまま、消えてしまえばよかったのに」

譜綴はゆらりと立ち上がる。

「今度は・・・本当に・・・死んで」

わたしは”読み手”の手を伸ばす。”物語”を綴る彼女の手をつかむ。一瞬の微笑みが見える。硬直した譜綴は長椅子に倒れ込む。


 わたしは、譜綴の姿勢を整えて毛布をかける。彼女が”読み手”だと思った。

けれど違った。”力”はあった。察しがよかった。”書棚”にふれることもできたのだろう。けれど、古取守に気づかれないほどの弱い力。”書き換える”ほどの力はない。


 本当に、詩歌を書き換えたのは?わたしは詩歌の手をひいて住宅街の細道を歩く。足音に詩歌の心音が交じる。

「どうして?」

わたしは詩歌に尋ねる。北風が弱く進んでいる。


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