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古取り  作者: 関本始
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2.7 島原文

善意に満ちた日差しが雲間から覗く。北風はその太陽の友情を当然のものと思って冷酷に流れている。ピアノ教室に向かう文ちゃんの”物語”の文字が揺れている。張り裂ける心音が柔らかい肋骨を動かしている。淡い痛みと涙が血液と一緒に循環している。


 吊り下げた楽譜バックと44鍵盤のミニキーボードを肩にかけている。誹謗中傷のように雲がかかる。小雨が落ちてくる。風に巻かれた雨粒は折れ曲がり、彼女が”物語”の中で流す涙のように揺らめいている。左手の指が肩に掛けたキーボードの袋を撫でる。ピアノ教室の帰り道の坂道を下りながら、わたしは彼女と並ぶ。

詩歌のことを聞かせてほしい、と尋ねたわたしを文ちゃんは立ち止まって見上げる。瞳の奥にノイズのように雨が降る。”書棚”が濡れている。彼女の”物語”が色あせている。

薄手のベージュのコートに手を突っ込んでうつむきながら、わたしは続ける。

「寄り道はしていかないの?詩歌くんと一緒にそうしたみたいに」

蒼白な眉間に皺がよる。わたしは彼女の”物語”が過去をくぐる手にそっと触れて導く。

死んでしまった、詩歌の筋書きへと。

「詩歌くんの知り合い?」

そう、とわたしは応える。

「教えて、詩歌くんと一緒に何をしていたの?」

嘘が手足の先にまで反射する。詩歌はわたしをわからない。何もかも混乱している。”読み手”がそうした。わたしと同じ力を持った。体内の波紋に耐える。


 灰色の駄菓子屋の裏手の路地を入った雑木林に入ってく。過去の思い出に浸る老人のように雑木林は身を小さくしている。針雨の騒音を遮っている。廃屋の縁側に白いテーブルとイス、思いやりのように古びた白いパラソルがある。冬の雨が垂れている。思い出があったのは、今年の夏。


 その夏、合唱コンテストがあった。文はピアノ伴奏を任されていた。人前で演奏するのが怖かったか彼女に詩歌は練習に付き合っていた。ちょうどいい場所、といって詩歌が案内した。


「ここで、伴奏の練習をした」

文がつぶやく。身じろいだつま先が砂利をこする。濡れた土の音がする。

「いなくなる前の詩歌に何か変わったところはなかった」

わたしは尋ねる。文は目をとがらせる。雨が破れたパラソルを叩く音がする。

「わからない。でも、お母さんが。これでいいんだって。わたしはもっとピアノがもっとうまくなるから」

文が応える。


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