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古取り  作者: 関本始
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2.5 木戸絵美

  16時の始発線を待つ彼女の後ろにならんで、腕時計を確かめる。猫背で肩を縮ませている。なにかを抱えるようにして、スマホの画面をスワイプしている。友人が隣に座っている。

「絵美、元気ない?」

わからない、と彼女は眼鏡の奥の瞳を伏せる。安物の眼鏡のレンズに浮かんだ汚れが虹色の反射をつくる。

「あの子のこと?塾かえたとか、引っ越しとか」

詩歌のこと。私立中学受験の塾に通っていた詩歌は水曜と金曜に木戸絵美と同じ電車に乗っている。

絵美は高校受験コースで時間帯が被っている。きっかけは、携帯ゲーム機の音漏れのせいだった。絵美のイヤホンは安物で音漏れがひどかった。隣の詩歌がもっと大胆に音漏れをさせて誤魔化していたと後で知ることになる。二人そろって注意されたあと、絵美と詩歌はぽつぽつと話をするようになる。

 わたしは彼女と詩歌の筋書きを探るために、向かいの席で居眠りをするフリを続けている。

「心配なの。休んだこと無かったのに。あの子、すごい利口で・・・わたし自分の話ばっかりだった」

わたしはなだれ込む絵美の”物語”に胸を締め付けられる。”筋書き”に温かみにため息を隠す。胸の鼓動の高鳴り。それは暗がりに灯る熾火、人の境界を溶かす夕暮れの色だ。

「好きな子がいたのあの子にも。仲良くなりたい、って言ってた。わたし聞いてあげなかった」

「小学生の話でしょ?しかたないじゃん」

口を挟んだ友人は制服の袖を引っ張って、ワイシャツの袖口の汚れを気にしている。

「真面目な子でさ。クラスで疎まれてる感じだった。聞いたの、いじめられてるって。そしたら、自分が誰かを不愉快にする・・・仕方がないって応えた。それでも、好きな子は助けたいって」

 隣駅の案内の音声が人との距離感をあざ笑っている。絵美は口つぐむ。わたしはその間に、”物語”を確かめる。詩歌は相談をしている。自分はいいから。いじめられているあの子について。わたしは席を立つ彼女を追う。冷たい宣伝シールの貼られたドア脇で確かめる。


 ***ちゃんの名前を見つける。下の名前だけ、文ちゃん。階段を登る絵美の声が小さくなっていく。高架橋の隙間から刺す日差しが自信家の中年のようにわたしを威圧する。お前は何を覗き見ている。歯の根を合わせて、絵美の”物語”の続きを確かめる。


「わたしは、あの子が本当の恋ができるか心配になったから。自分のことばかりで話してごまかしたの。真面目すぎて、考えすぎる子だったから。でも」

息が遠くなる。文字も小さくなる。

「それって卑怯な気持ちだった。あの子だって、気持ちはままならないのわかってたのに。話を聞いてあげなかった」





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