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古取り  作者: 関本始
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2.4 父親∈詩歌

 父親の”物語”の修復すんでいない。コンビニの裏手で喫煙所で煙をふく彼の隣で午後の予定を尋ねる。日雇いの解体業員だ。現場で顔をあわせた”筋書き”で、話をあわせている。立体駐車場の間を抜けてくる冬風が熱を奪っていく。父親と詩歌は3ヶ月前から一緒に暮らしていた。それまでは母親のもといた。親権は母親が持ったままだ。その理由を探りに来た。この3ヶ月の記憶から、詩歌の存在が丸ごと消えている。行き止まり。わたしの行動の無意味さに助言している。

「どうです?今日の現場は早めにあがれますか?残業まで・・・」

わたしは歯を間から煙草の煙をシーと音たてて吸いこむ。金たわしで削るように肺と血が冷える。

「あ?なんだ?わからんねえよそんなの」

「いや、子供の・・・息子の誕生日があるんですよ」

つばを側溝に吐いて応える。舐め上がるように彼を確かめる。ひげの白髪が目立つ。

「俺んとこも、今月だったんだ・・・・いや、もう無駄になんだが」

ぐしゃり、と彼がジャンバーのポケット中で煙草の袋を潰した音がする。包装のビニールが折れて彼の硬い掌を擦って、軋んでいる。離婚して5年たつ。彼が大学の准教授への昇進を諦めた年でもある。

「なんかあるんです?」

わたしはそっと、彼の”書棚”を確かめる。

「・・・ああ、望遠鏡が・・・雑誌の付録よりはましな・・・」

「なんです?」

顔をそむけて煙をコンビニの軒下に吐く。雨樋の端で古んだ苔が割れている。影に心がまじっている。

「プレゼントを買った?会えないのに、俺には」

彼は”物語”を過去にくぐる。わたしは覗き見る。一人の女の姿を発見する。隣駅の地下の喫茶店で向かい合っている。スラリとした長い手足、胸元で古いネックレスの金細工が鈍く光っている。彼女は疲れて割れた爪の先で、机の端をこつこつと叩く。その時に、彼は”書き変え”られている。女が煙のように消える。同席した”筋書き”が残っている。

「まあ、・・・もういいんだ」

不意に、彼の”筋書き”の一部が”複写”される。”読み手”の抑えられない自動反応。ふらついている。


 詩歌が4歳のころ。ペダルボードの飛沫が飛んだ頬。拭いながら水の色を尋ねる詩歌。水と光の反射の話をした思い出。その”筋書き”わたしに流れ込む。量子力学の博士課程にいた彼は簡単に伝えている。

詩歌の息をのむ。清潔な子供の匂いがする。物理学の神秘に踊る心があふれている。


わたしは、詩歌の”物語”を反芻する。大切にしていたのは、元素周期表の並んだ下敷き。学習の範囲外のその未来の神秘を同級生に伝えている。”筋書き”は彼の中に残っている。



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