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古取り  作者: 関本始
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0-0.古取守

長く探してきた。修すのにも時間がかかった。それでも、返そう。これはあなたの”物語”だから。消されて、今は別のところにあるあなたのもの。

 冬の山卸しが肌を固くする。色の抜けた昼下がりの日差しは熱が足りない。古取守には三ヶ月ぶりになる。季節が変わった。わたしは褪せた赤信号を見上げる。原付の握りから離した掌を合わせる。この交差点の左。つづら折りの先に古取守がある。


 途中、潰れた店の窓ガラスの前で、煙草をくわえる。育った場所に戻るための儀式。苦い空気がわたしの能力を弱める。苦痛のへの反駁の意思が自分を慰める。携帯電話が震える。加奈子の名前が画面で白く揺らめいてる。

「ついた?ごめんね、急に」

「もうじき。風邪は大変。寝ていて、古取りも生き物」

うん、と加奈子が応える。ことがすんだあとの成り行きの説明と古取守の”書庫”に収めるのは、加奈子の担当している。発熱で交代した。

「古取守が苦手、波根は」

「大抵のことは苦手。前よりはマシになった」

応えて唇を舐める。風が氷になる。寒いのは冬のせい。


 コンクリートの大鳥居をくぐるって古取守に入る。人々の負の感情の”物語”で守られたこの里を訪れる人はいない。嫌な予感、直感。住民の探るような疑り深い目。肌を破る虫が這う感覚。土の酸えた匂い、悪意を煮たような。

ー嫌なところ、気味が悪いー

常人の直感を補強する調整で、この里は守られている。人目を避けながら、”古取り”の役目を持つもの達が暮らしている。


 わたしは、原付のエンジンをころころと回して里の奥へと急ぐ。うまくいかない雑談のように煤煙と雑音が混じる。過去が身体の内側を這っている。


 守長は下屋敷の門前に箒をかけている。奥へこい、と顎でいう。わたしはうなずいて冷えた指を伸ばす。黄色く枯れた縁側から、居間にあがりこむ。こたつと古い汗、それにつかれた蜜柑の匂いの中、ファンヒータが堕落を慰める温度で炎を襞に隠している。貴美子さんがしかめ面をしながら、やってきて、常温の水のペットボトルを渡して戻っていく。腹の底を灰色になる。いつもの、毎回のこと。

「変わらんな、”読み手”の相手には慣れんか」

「・・・誰だってそうです。読まれたくないことは、いくつもあるから」

守長が毛糸の帽子を脱いで、空色のホチキスの上になげる。

「楽にしろ。別段、いつものことだ」

一つの”物語”を修正し終えた。修繕した”物語”を”書庫”に届けに戻る。加奈子には普段通りのこと。わたしは時期が開いた。堀炬燵に足を垂らす。冬が態度を軟化して、卑屈になる。

「急ぎの報告としたのは、お前と加奈子には重いものだと考えたからだ。困難な”物語”だ。”書庫”に収める前にわたしが先に受けとろう。死に殺意。それに向き合う”物語”は、堪えるものだ」

守長は禿げてまだらな白髪頭を撫でる。消えたテレビの画面に反射する室内が時間を凍らせる。乾いた蜜柑の皮を紙に包んだ守長は溜息のあとに、はじめてくれ、と促す。

わたしはうなずく。伏していた顔を上げる。守長の鈍色の瞳の奥を覗き込む。守長の”書棚”に視線を据える。















  




  


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