8話 夢がかなう時
最終話です。
しばらくの沈黙の後、バカ王子が怪訝そうに問いかけてきた。
「お前、誰だ?」
「わたくし、テレサ・ウィーズリーと申します。父は子爵籍を賜っております」
「いつからそこにいた?お前が黒幕とはどういうことだ?」
「さきほどからおりましたわ。そして言葉通り、こちらの三名の令嬢方がミラ様を虐めたように見えたかもしれませんが、実際は全部わたくしが行ったことなのです」
――――は?
ミラも三人の令嬢も、バカ王子ですらポカンとしている。
それはそうだろう。虐めなんて存在していないし、今まで空気だったテレサのことを、彼らは今初めて認識したのだから……。
先手必勝とばかりに、テレサは話し続けた。
「わたくしは大変な罪を犯しました。罰として、国内最北の修道院へ参ります。自分の罪を考えたら当然のことです。最北の、辛い過酷な土地でひたすら反省致しますので、どうかウィーズリー子爵家や家族はお許し下さい」
実際は全く過酷ではない修道院だが、あえてキツさを強調して言ってみたら、バカ王子は話に乗ってきた。
「そうか。自ら辛い修道院に入るとは、殊勝な心がけではないか。寒く汚い、僻地の修道院で死ぬまで反省するがいい。ああ、お前に免じて今回はウィーズリー子爵家は見逃してやる」
やったーー!チョロいぜ、バカ王子!確かに寒い僻地だけど、修道院は暖かくて綺麗だもんねーっ。
まんまと修道院への切符を手に入れたテレサは、こっそりとほくそ笑んだ。
面白い余興になったと、意気揚々とバカ王子がミラを連れて会場を去ると、途端に令嬢トリオに囲まれてしまったテレサ。
「ええと、テレサ様?なんであんな嘘をおっしゃったの?あなた虐めなんてしていないでしょう」
「本当に僻地の修道院へ行かれるおつもり?なんとかして撤回をしていただかなければ……」
「わたくし達を庇うなんて……。あなたのおかげでわたくし達は無事でしたけれど、なんでこんなことを……」
信じられないといった表情のトリオに詰め寄られていると、父のマートンと、彼女達の父親らも輪に加わった。
「私は修道院へ入りたかっただけなのです。ですからお気になさらず。私、今とても嬉しいのです」
本心を正直に述べたテレサだったが、過酷な王都生活で心を病んでしまったと勘違いされたらしい。三人は次々とテレサの手を握ると、一番高位にあたる侯爵令嬢が言った。
「テレサ様、しばらくの辛抱ですわ。こんなの間違っています。ね、お父様?心を強く持ってね。必ず呼び戻しますわ。あなたはわたくし達の恩人ですもの」
令嬢ズが皆で頷き、侯爵達にも頭を下げられてしまった。
いやいや、私が好きでやったことなのにな。呼び戻すのは勘弁して欲しいわ、せっかく修道院に入れるのに。
かくして、テレサは自ら身代わりになった高潔な子爵令嬢として有名になってしまった。
修道院への出発の日には三人の令嬢が揃って駆け付け、「わたくし達は一生の親友よ」と豪華な荷物を持たされてしまい、テレサの家族は面食らっていた。
こうして、ひと月ぶりに再びテレサは最北の修道院へと旅立ったのだった。
テレサは念願の修道院の前で、颯爽と馬車から降り立った。『王太子に断罪されて王都を追われた元子爵令嬢』とは思えないほどの清々しさを放ちながら……。
まぁ、自らが望んだ結果なので当然なのだが。
テレサの捨て身の身代わり作戦によって助けられた令嬢達からの贈り物が、豪華な馬車に載せられて後ろに続き、これが罪人の移送とは誰も思わないだろう。そこには悲壮感の欠片もなかった。
あー、やっぱりこっちは空気が違うわ。この景色、肌寒さ、全てが恋しかったよー、ただいまー!
クルクルと踊るように回るテレサは、達成感と生命力に溢れている。
ふと、視界の端に最愛の人が映った。
「シリウスお兄ちゃん!」
テレサが回転を止めてテンションの高いまま駆け寄ると、腕を組んで様子を見つめていたシリウスが、呆れた顔で言った。
「『おかえりなさい』でいいのかな?」
テレサが悪びれずにテヘッと笑いながら「ただいま」と返すと、シリウスが困ったように笑いながら腕を広げた。
「お兄ちゃん、ただいま!」
テレサが改めて腕の中に飛び込みながら言うと、頭上からぶつぶつと文句が聞こえる。
「『いい子で待ってて』って言ったよね?なんでテレサが戻ってきちゃうかな……」
「お兄ちゃん?私、戻って来たらダメだった?お兄ちゃんのそばにいるにはこれしかないと思って……」
急に不安に襲われてぎゅっとしがみつくテレサを、シリウスが強く抱き締め返してくれる。
「いや、ダメじゃないよ。でも今度こそ僕が格好良く迎えにいく予定だったのにな。ほんとテレサは予想の斜め上を行くから困る……」
段々と小声になっていくシリウスを不思議に思い、テレサが下から見上げると、面白がるような視線とぶつかった。
「テレサの行動力を舐めてたよ。手紙を読んだ時は焦った。うまくいったから良かったようなものの、無茶をするにもほどがあるよ?」
「うん、私も自分にびっくり。あんなに注目されたのは生まれて初めてだったけど、今しかないと思って無我夢中だったの」
「ふふっ、必死になるくらい、テレサが僕のことが大好きなことはよくわかったよ」
「へ?まあそれは……その通りで……大好きだけど……」
モゴモゴと誤魔化しながら、赤い顔を隠すように俯くテレサの頭に手のひらを乗せると、シリウスが遠くを見つめて決意したように言った。
「僕も約束を果たすよ。色々片付けるから、もう少し待ってて」
何のことだかわからなかったが、テレサはしっかりと頷いた。
事態が動いたのはそれからわずか三日後のことだった。
最初の早馬が国王が亡くなったことを伝えると、修道院はその死を悼み、祈りを捧げた。続いて城でクーデターが起き、王太子が捕らえられたとの情報が入った。今まで押さえつけられていた貴族や、税の取り立てに苦しむ地方の平民など、国中が一斉に立ち上がったらしい。
情報が入るたび、元伯爵のエドモンがニヤニヤしながら聞いている。
「もしかして、おじさまもこのクーデターに一枚噛んでたりします?」
思いきってテレサが尋ねると、「どうだかなぁ~」と含みのある返事が返ってきた。困ってシリウスに詳しく訊けば、エドモンには王都を追われてからもずっと連絡を取り合う貴族がいるらしい。同じく粛清された元貴族や、各地で王族に不満を持つ者などを繋ぎ、反旗を翻す時が来るのを待っていたそうだ。
シリウスが神父になったのも、怪しまれずに国内を行き来出来るからというのも驚きだった。
おじさまもお兄ちゃんも、ずっと戦ってたんだ。私が猫をかぶったり、空気になってる間も……。
テレサは改めて、この芯の強い人達のそばにいたいと思った。
その後、エドモン一家とテレサは王都へ呼び戻されることになった。
バカ王子による冤罪が見直されたらしい。テレサが助けた令嬢らの父親達も一肌脱いでくれたと聞いた。
今、テレサとシリウスは、王都のエドモンの屋敷の前に立っている。テレサが密かに管理を続けていた屋敷だ。
エドモンとアディーナは、久しぶりの我が家にはしゃぎながら入っていった。以前仕えていた使用人も、続々と戻ってきている。
「長かったけど、ようやく戻ってこれたな」
シリウスが感慨深げに呟く。
「良かったね、お兄ちゃん。私はあそこで神父様とシスターとして生きていく覚悟だったし、それでも構わなかったけど」
「僕が構うから!シスターのテレサ相手じゃ、あんなことやこんなことは出来ないからね」
あんなことやこんなこと?お兄ちゃんは何をするつもりなんだろ……。
疑問を浮かべるテレサの前で、シリウスがおもむろに片膝を突いた。
「テレサ、僕と結婚して欲しい。昔からテレサだけをずっと愛してた。これからはずっとそばで愛を囁くから、お嫁さんになって?」
急なプロポーズに、テレサは狼狽えてしまう。
「え?神父様は結婚出来ないんじゃないの?」
だから私は沢山考えて、シスターになるしかないって思って……。
「あー……、実はまだ本物の神父じゃないんだ。見習い?ほら、絶対王都に戻るつもりだったから」
「ええっ?そうなの!?言ってよ!私があんなに悩んだのに!!」
「ごめんごめん。僕と結婚出来ないって悲しむテレサが可愛過ぎて、言いにくくなっちゃって……」
「ひどい!お兄ちゃんのバカバカ!!」
ポカポカとシリウスを叩こうとするテレサの腕を引くと、シリウスは下から掬い上げるように抱き締めた。
「テレサ、返事は?」
うぅ~~。 そんなの決まってるじゃない。お兄ちゃんのお嫁さんになることが子供の時からの夢だったんだから。
「私をお兄ちゃんのお嫁さんにして下さい」
素直に気持ちを伝えると、シリウスはテレサを抱きながら立ち上がった。
「ありがとう。じゃあテレサには伯爵の妻として、僕を支えてもらおうかな。よろしくね、テレサ?」
え?伯爵の妻?
戸惑うテレサに、相変わらずの綺麗な笑顔の中に少し意地悪な表情を浮かべながらシリウスが言った。
「父さん達が田舎暮らしにハマっちゃって、ゴタゴタが済んだら僕に爵位を譲るって。あのバカ王子に立ち向かったテレサだし、伯爵夫人なんてチョロいよね?」
「もう!本当にずるいんだから!!」
テレサが逃げないことを確信しながら、後出しで伝えてくるシリウス。
テレサが不満で尖らせた唇に、シリウスの唇が重なった。
「愛してるよ、テレサ」
「よし!今夜は祝宴だ!」
張り切るエドモンの声が響き渡る中、テレサは最愛の人の唇の温かさに、幸せを噛み締めたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。




