7話 しれーっと参加
あと1話で完結します。
本日中に投稿予定です。
あっという間に王都に帰る日がやってきてしまった。
朝からテレサはドヨーンと暗く、周りはかける言葉が見つからない。
ここに来ればお兄ちゃんに会えるのはわかったけど、次はいつ来られることやら………。バカ王子の恐怖政治のせいで、絶対すぐには戻って来られないものね。
このまま一生会えなくなる訳ではないのに、テレサは悲しくて仕方がなかった。
「テレサ、おいで」
またしても手を広げてシリウスが待っている。
テレサは自分は寂しくて仕方ないのに、いつもと同じ様子のシリウスに不満を抱きつつも、シリウスとの抱擁はやっぱり魅力的で誘われるままギュッと抱き付いてしまった。
「ふふっ、今度は素直に抱っこされにきて偉いね。そんなに寂しがらなくても平気だから。あ、昔みたいに足は絡ませてくれないの?」
クスクス笑いながら、からかうように子供の頃の癖を指摘され、テレサは赤くなりながら口を尖らせた。
「あれはまだ小さかったから……。もうやらないもの」
「残念だな。そうだ、夜にベッドの中でなら歓迎するよ?」
スパーン!!
シリウスが思いっきりエドモンに頭を叩かれていた。
「え?お兄ちゃん大丈夫?おじさま、急にどうしたの?」
すごい音だったけど、変な虫でもいたのかな?
恋愛や閨の話に疎いテレサには意味が通じなかったが、爽やかにとんでもないことを口にした息子に、父の鉄拳が炸裂した。
「気にしなくていいからね、テレサちゃん。おい、シリウス!何度も言うけど、お前一応神父だからな?」
エドモンがシリウスに説教を始めた隙に、アディーナがテレサに近寄った。
「テレサちゃん、ブローチよく似合ってるわ。そのブローチには意味があるって知ってる?」
誕生日プレゼントにシリウスからもらったブローチを、テレサは胸元に着けていたのだが、何か意味があるなんてもちろん知らない。
ふるふると首を振ると、アディーナはテレサの耳元でこっそり囁いた。
「ここでは、そのブローチは最愛の女性に贈るっていう風習があるのよ。あの子のこと、よろしくね」
……ってことは、私がお兄ちゃんの最愛?私、やっぱりお兄ちゃんのこと諦めない!
「はいっ!」
元気よく答えると、アディーナは安心したように微笑み、テレサの手を握った。
テレサが馬車に乗り込むと、シリウスが窓のそばまでやって来て顔を寄せた。
言い忘れたことがあるのかと思い、テレサも窓を開けて顔を近付ける。
「どうしたの?」
「テレサ、次会える時までいい子で待ってて」
そう言うと、シリウスはするりとテレサの頬を撫でて離れていった。窓からみんなに手を振りつつ、テレサは心に誓う。
私、絶対ここに戻ってくるから!お兄ちゃん、待ってて!
一週間後、王都の屋敷に帰還したテレサは、久しぶりの家族に囲まれていた。
「よく戻ったな。途中、困ったことはなかったか?」
「お疲れ様、テレサ。久々の領地は楽しかったかしら?」
「お姉ちゃん、お帰りなさい!僕にお土産は?」
父、母、弟に次々と声をかけられたテレサは、興奮ぎみに答えた。
「とっても楽しかったし、なにより素晴らしいことがあったの!」
修道院でエドモン一家と再会したことを話すと、父のマートンはおいおい泣き出してしまった。
嬉しいやら、気付けなくて情けないやら、色々と込み上げて来るものがあるらしい。「父さまの領地経営の手腕を誉めてたよ」と伝えると、一層大声で泣き出した。
父さまってばこんなにボロボロ泣いちゃって……。あ、でももしかして今がチャンスかも?
どさくさに紛れてテレサは父にお願いしてみることにした。
「ね、父さま。私も修道院に入りたいんだけど、いいよね?」
「は?」
「だーかーらー、お兄ちゃんが神父様になってたから、私もシスターになろうかなって。――いいでしょ?」
「アホかっ!ダメに決まってるだろ!いいはずあるか!!」
チッ!ダメだったか……。雰囲気に呑まれてくれたらラッキーだと思ったのに。正攻法は無理そうだから、他の手を考えないと。
あっさりと作戦が失敗したテレサは、気持ちを切り替えるとすぐに他の方法を考え始めた。
またもや突拍子もないことを言い始めたテレサを、母と弟が呆れた目で見ていた。
その後も、テレサの『修道院大作戦』は不発に終わっていた。
正攻法がダメならと、泣き落としや、軽く脅迫めいたことも言ってみたが、却下されまくった。もはやテレサの顔を見るだけで、話も聞かずに「却下」と言われる始末である。
まあ、それはそうだよね。こんなご時世だし、普通に考えて誰も好き好んで貴族の娘を修道院には入れないよね。虐待かと思われちゃうもん。
失敗続きの中、王太子主催の夜会の話をマートンから聞き、テレサは更に憂鬱になった。
今回も猫をかぶって、なんとかやり過ごさないと。また元気な姿でシリウスお兄ちゃんに会えますように……!
そして、話は夜会での断罪に戻る。
夜会会場の前方ではバカ王子が声を張り上げていた。
「お前たちがミラを虐めているのはわかっているんだ!余程私の寵愛を受けるミラが疎ましいと見える。全員どうしてくれようか」
ピンクのドレスを纏った少女の腰を抱きながら怒鳴る王子。その前には呆然と佇む高位令嬢が三名……。
ザ・断罪劇が繰り広げられつつあった。
テレサの見立てでは、これは明らかにバカ王子によるでっち上げで、三人の令嬢ズは運が悪いとしかいいようがない。ミラと呼ばれた少女も、展開を全く知らされていなかった様子だ。
いやいや、肝心のミラまで驚いちゃってるし……。火のないところに煙を立てるの、ほんとやめてくれないかな。嫌われ王子の寵愛なんて、誰も欲しくないって。ミラと令嬢トリオ、私はあなた達に同情するよ。
気の毒だとは思うが、空気になっているテレサには全てが他人事である。だからひっそりと人だかりに埋もれていた。
すると、動揺する令嬢達の前で、王子が思い付いたように叫んだ。
「よし!お前達にはサクッと修道院にでも行ってもらうか。鬱陶しいしな」
人々が息を呑む中、テレサだけはバカ王子の台詞に飛び付いた。
修道院キターーっ!! いま修道院って言ったよね!?
念願の修道院という言葉を耳にした途端、テレサは人混みをかき分け、三人目の令嬢の右隣にしれーっと並ぶと、手を挙げてハッキリとした口調で告げた。
「黒幕はわたくしです!わたくしが皆様を代表して修道院へ参ります!!」