6話 テレサの野望
昼のミサ終了後。
テレサは教会の影から、団子状態の人だかりを観察していた。主に女性で、団子の中心には背の高い神父姿のシリウスが見える。
「神父様、今日のミサも素敵でした」
「やはりシリウス神父の低くて甘い声には引き込まれてしまいますね。信仰心が増したみたい」
「これ、朝焼いたお菓子です。良かったら……」
しまいには「ちょっと邪魔よ!」「あんたこそ邪魔なのよ!」と女同士のいざこざが始まり、「神父様ぁ、結婚してぇー!」などと言い出す者まで現れ、教会の前は騒然となった。
すごい……。確かにお兄ちゃんの神父様っぷりはとてつもなく素敵で魂が抜けそうだったけど、こんなにライバルがいたなんて。信仰心が増しちゃうって、なんだそりゃ!?逆プロポーズまでされてるし……。もうっ、お兄ちゃんは私と結婚する約束なんだからね!
かつてテレサが一目惚れした容姿は歳を重ねて磨きがかかり、禁欲的な神父の色気も相まって、女の子達が群がるのも当然だった。特にこんな田舎では、その眉目秀麗さが際立って見える。
初めてシリウスの人気ぶりを目の当たりにしたテレサは、動揺を隠せなかった。
「ありがとうございます。皆さんの熱い信仰心は神にも届いていると思いますよ」
シリウスは温厚な笑顔で当たり障りなく彼女らに接している。王子様スマイルは健在らしい。
テレサが遠くから嫉妬を感じながら眺めていると、シリウスが笑顔を浮かべたまま、結婚を迫った女性をバッサリと切り捨てるのが聞こえた。
「申し訳ありませんが、私は神父なので結婚は出来ません」
え?神父だから結婚出来ない!?
テレサは目の前が真っ暗になった。
そうだ、そうだった……。私ってばなんで今まで気付かなかったの?神父様とは結婚出来ないじゃない。え、じゃあお兄ちゃんのお嫁さんになる夢はどうなるの?せっかく再会出来たのに……お兄ちゃんのこと大好きなのに……もう無理ってこと?
あまりのショックに、テレサはヨロヨロと覚束ない足取りでその場を離れた。
そうか、お兄ちゃんは約束を忘れちゃったんだ……。大変だったし、仕方ないよね。でもお兄ちゃんのお嫁さんになりたかったな……。おじさまとおばさまの娘になりたかったな……。
テレサは悲しすぎて涙も出ないまま、フラフラと修道院の裏庭までやって来ると、木陰にしゃがみ込んだ。
しばらく経った頃……。
「はぁ~、全くやってられないな。毎回毎回、無駄に集まりやがって。いい加減こっちの笑顔も限界だっつーの」
放心状態でうずくまるテレサの耳に、あまり態度のよろしくない、荒んだ声が飛び込んできた。
ん?これってお兄ちゃんの声? まさかね……。
しかし、そのまさかだった。
裏庭の隅で丸まっていたテレサが見上げると、そこには神父姿で悪態をつくシリウスが立っていた。
「あー、疲れた疲れた……って、テレサ!?なんでそんなところで小さくなっているの?あ、もしかして聞こえちゃってた?」
複雑な表情でテレサがコクリと頷くと、「あー、失敗したー」なんて言いながらも、シリウスはケロッとしている。
「もしかして、お兄ちゃんも猫をかぶっていたりする?しかもずっと前から……」
尋ねながら、テレサはいよいよ泣きだしたい気持ちだった。
シリウスとの結婚は不可能だわ、今までずっと猫をかぶられていたやら、ショックが大きすぎたのである。
「当たり。でもテレサの前では猫をかぶっていたつもりはないよ。ただテレサの理想で居たかっただけ」
「どういうこと?」
「んー、テレサは王子様みたいな僕が好きなんでしょ?だからずっと好きでいてもらう為に、自然と優等生キャラになっちゃっただけ」
「じゃあさっきのは?お兄ちゃん、みんなに優しいじゃない。私だけじゃないもの」
「あれはテレサ以外のその他大勢用。どうでもいい人には猫をかぶってる。え?まさか同じに見えた?自分的には全然違うんだけどな……」
なんだかよくわからないが、テレサはさっきの女性達とは区別されているらしい。
特別なのは嬉しいが、だからって結婚出来る訳でもなく、テレサは落ち込んだままだった。
「テレサ、なんでそんなに落ち込んでるの?そんなに僕が猫をかぶっていたのがショックだった?あ、女の子に囲まれてたのを見て焼き餅焼いちゃった?」
心配している風を装いながら、嬉しそうに訊いてくるシリウスが腹立たしい。
どうせ嫉妬してましたよ!なにさ、お兄ちゃんがずっと期待を持たせたのがいけないんじゃない!
「お兄ちゃんのバカ!神父様は結婚出来ないくせに!べ、べつに本気でお兄ちゃんと結婚したいとか思ってた訳じゃないけど……」
尻すぼみになっていくテレサの言葉とは裏腹に、シリウスは嬉しそうに破顔した。
「かーわいいなぁ。テレサは昔からほんと可愛い」
シリウスはテレサの前にしゃがみこむと、愛おしげにテレサの頭を撫でた。
「バカにしてるでしょ?」
つい上目遣いで睨んでしまう。
「してないよ。本気で言ってる。僕は昔からテレサだけが可愛いし、手放す気なんてこれっぽっちもないよ」
手放す気がない? 結婚出来ないのに?
しかしシリウスはそれ以上は何も言う気がないようで、しばらく微笑んでいたが、急に思い出したようにポケットから何かを取り出した。
「はい、誕生日プレゼント」
それはカルータ織の生地で出来た、星型のブローチだった。
「わぁ、可愛い。これってあのブックカバーと同じ色!」
「うん、僕の髪の色だね」
「ありがとう!大事にするね」
一気に笑みが溢れたテレサに、シリウスも笑顔で頷いた。
その夜、客室でテレサは思案していた。
思ったんだけど、別に夫婦になれなくても一緒にいられる方法はあるんじゃない?お兄ちゃんは手放す気はないって言ってくれたけど、つまり私が修道院に入ればいいってことでしょ?神父様とシスターなら一緒にいられるし……。そうだよ!私ここが好きだし、何とかしてシスターになってみせるわ!
テレサは勝手にそう決めると、シスターになるという野望に向けて、一人作戦を立て始めたのだった。
先走っていることに気付きもせずに……。




