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5話 猫かぶりは誰?

 シスターはお茶を淹れると、「積もる話もあるでしょう」と食堂を出ていったので、今は四人で木製のテーブルを囲んでいる。食堂は清潔で温かみのある内装だ。

 テレサはホッと一息つくと、エドモンにずっと気になっていた疑問をぶつけた。


「それで?どうしておじさま達がこちらの修道院に?」

「いや、王都を出た後は各地を転々としていたんだよ。だけど覚えているかい?テレサちゃんが見送りに来てくれた時に、シリウスにブックカバーをくれただろう?それでなんとなくここを訪れたら、居心地が良くて住み着いちまったって訳だ」

「え?あのブックカバーでここを思い出して?」


 テレサが驚いてシリウスを見ると、シリウスはテーブルにブックカバーがかけられた本を静かに置いた。

 インディゴブルーの織物は少し色褪せていたが、それは確かに以前テレサが贈ったブックカバーだった。中は聖書らしい。


「さすがマートン殿の治める土地だね。ここに来てみたら、住民の人柄はいいし、空気は澄んでるし……。空き家を勧められてそのまま家族で住み始めたんだ。で、僕は神父の勉強をして、今はここの修道院で暮らしてる」

「ああ、さすがマートンだ。これも彼の領地経営の才能だな。ありがたいもんだ」

「家の庭には、狭いけどバラもあるのよ?」


 満足そうな一家の様子に、テレサも嬉しくなってしまう。


 父さま、エドモンおじさまに誉められてるよ!良かったね。やるじゃん、父さま!しかもお兄ちゃん、私がプレゼントしたカバー使ってくれてたんだ。あの時、お土産にここのブックカバーを選んで良かったぁ。ナイス、過去の私!!


 心の中で父に呼びかけ、自画自賛していると、別の疑問が湧いてきた。


「それならどうしてここにいるって教えてくれなかったのですか?父さまはずっと皆さんを探していたんですよ?」


 探していたエドモン一家がまさか自分の領地にいたなんて、灯台もと暗しもいいところだ。情けないことこの上ないし、信用されていないようで悲しくもある。


「マートンを巻き込みたくなかったんだ。アホ王太子のその後の話は聞いているしな。大変だったろう?」

「テレサ、社交界はどう?ちゃんと猫をかぶれるようになった?」


 シリウスがいたずらっぽい視線をテレサに向けた。

 テレサは椅子からおもむろに立ち上がると、姿勢を正してスッと息を吸う。一瞬で猫かぶりスイッチを入れると、三人に向けて美しいカーテシーをしてみせ、持っていた扇子を広げて口許を隠しながら上品に言った。


「お会いできて光栄ですわ」


 よそゆきの声と表情で目線を送ると、アディーナとエドモンが大きな拍手をしながら喜んだ。


「テレサちゃん、素敵だったわ!完璧よ!!」

「こりゃあ立派な淑女じゃないか。男共が放っておかないだろう?」


 エドモンが横目でシリウスを見ながら、意味ありげに言う。


「うふふっ、そんなことは全くなくて。私も父さまも、社交に出る時の合言葉があるんですよ」

「「合言葉?」」


 夫妻の疑問の声が重なり、テレサは勿体ぶると、右手の人差し指を立てて唱えた。


「群れない、話さない、空気になれ!」


 「あははは!そりゃあいい」と食堂は笑いに包まれ、すっかり素に戻ったテレサも一緒になって笑う。こんな風に思いきり笑うのは久しぶりだった。


「テレサちゃんの猫もなかなかのものだけど、うちにはもっと年季の入った猫かぶりがいるものね。ね、シリウス?」


 アディーナがシリウスに囁いたのを、テレサが気付くことはなかった。



 修道院が視察の最終目的地だった為、三日ほど滞在させてもらうことにしたテレサ。


 息が詰まる王都からせっかく離れられたんだもん。息抜きだって大切だよね?


 そう思い、いっそ自分を甘やかすことにした。ずっと会いたかったシリウスと再会出来たのだから、もう少し一緒に居たかったのである。

 幸い修道院に部屋は空いていたので、シスターは「令嬢がこんな簡素なお部屋なんて……」と心配していたが、テレサは全く気にせず使用させてもらう。元々贅沢な生活をしている訳でもなく、むしろずっとここで生活したいと夢見るくらいだ。

 視察に付いてきていた少数の護衛と侍女にも休日を与え、テレサは最北の修道院での束の間の休暇を、思う存分楽しむことに決めた。

 

 翌日、テレサはエドモンとアディーナの現在の家を訪れた。


「おばさま、ここのお庭のバラは変わった色で見ていて楽しいですね」

「そうでしょう?前の屋敷のバラも気に入っていたけれど」

「あ、それなら僭越ながら私がお世話を続けていたので、今も元気ですよ」

「まぁぁ!本当!?大変だったでしょう。ありがとう、テレサちゃん」


 近くにはエドモンの畑があり、テレサも水を撒いたり、雑草を抜くお手伝いをした。寒さに耐えられるように、品種改良された野菜らしい。


「貴族令嬢にやらせることじゃないよな。それに、本当は俺達もテレサちゃんにこんな口調で話してはいけないんだが……」


 平民として暮らしているエドモンは、子爵令嬢のテレサにタメ口なのを気にしているらしい。


「何を言っているんですか!おじさまはおじさまだもの。よそよそしくされたら悲しいです。私、今でもおじさまの娘だと思ってますから。あとはっきり言っちゃうと、土いじりの方が猫をかぶって夜会に出るより何百倍も楽しいです!」

「あはははは!そうかそうか。いや、その気持ちはわかるよ。俺も王都にいた時より今の方が楽しいもんな」

「ふふ、見てればわかります。おじさま、生き生きしてるし、更にマッチョになってカッコよくなったもの」

「そうだろう?いやー、やっぱりテレサちゃんは見る目がある……」

「テレサ、目が悪くなったんじゃないの?」


 シリウスがエドモンを遮り、急に会話に加わった。


「あれ?お兄ちゃん、なんで畑に?」

「お昼のミサ、テレサも参加するかと思って呼びに来たんだよ。僕の神父ぶり、見たくない?」


 シリウスお兄ちゃんのミサ!? そんなの、出ないという選択肢など私にはないっ!


「見たいです!うわぁ、お兄ちゃんって本当に神父様なんだね」

「父さんよりカッコいいと思うよ?」

「ふふふっ、お兄ちゃんってば」


 「土が付いているから」とテレサが遠慮するのを無視し、シリウスはテレサの手をとり、教会の方角へと歩いていく。


「あいつ……父親相手に余裕が無さすぎだろ……」


 エドモンが2人を見送りながら苦笑していた。


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