4話 感動の再会?
「え?もしかしてテレサちゃん!?まぁ~、すっかり綺麗な娘さんになって!どこから見ても立派な貴族のご令嬢ね」
庶民の出で立ちではあるが、アディーナは以前と変わらない凛とした佇まいが美しい。
洗濯カゴを持っているのに、なぜか気品が感じられるのが不思議である。とても普通の平民には見えない。
え?なんでなんで? どうしておばさまがうちの領地にいるの? 父さまがめっちゃ探しても、行方がわからないって肩を落としてたのに……。
「おーいっ、夕食用の野菜を持ってきたぞー。お?お客さんか?――って、テレサちゃんじゃないか!元気そうだなぁ」
動揺中のテレサに聞こえてきた新たな声。
テレサより遥かに元気そうなこの男性の声は、もしかしなくても……。
「エドモンおじさま!?」
テレサの予感的中。がたいのいいエドモンが、左の方から大量の野菜を肩に担いで歩いてくる。
待って待って。おじさまがカブやら大根にまみれてこっちに向かってくるんだけど。――うん、元々逞しい体型だったから、日に焼けて益々かっこよく……って、そうじゃなくて!
理解が追い付かず、テレサは現実逃避することにした。
うんうん、これは夢だわ。こんなところで二人に会えるわけがないじゃないの。視察の疲れが出てきたのかな?どうせなら、シリウスお兄ちゃんにも会えたらいいのに……。お兄ちゃーん、出ておいでー。
ふふふ……と微笑みながら意識を彼方に飛ばしていたテレサに、更に追い討ちをかけるような声が聞こえた。
「ああ、やっぱりテレサが来たんだね。ふふっ、そんなにいい笑顔を浮かべて、何を考えているのかな?」
正面の修道院の扉から、若い男性が顔を出している。よく見ると、そこには以前より精悍な顔付きのシリウスが、楽しそうに目を細めながらテレサを見ていた。
あれ?夢よりカッコいいお兄ちゃんがいる……。あれは……神父様の服装だよね?上半身しか見えないけど。ああ、ここは修道院だもんね、神父様もそりゃあいるってもんよね。神父姿のお兄ちゃんなんて、眼福眼福……。
…………あれ?これって、もしや現実なのでは?
「うぇぇっ!?本物?本物のシリウスお兄ちゃん!?」
右からアディーナ、左からエドモン、そして正面からシリウスが現れ、パニックに陥ったテレサは涙目で叫んだ。
「え?なに?なにが起きたの~っ!?」
あまりの衝撃に、視察中にかぶっていた猫はどこかに行ってしまい、すっかりテレサは素に戻ってしまっていた。
外見とチグハグな、昔と変わらず騒々しいテレサに、シリウス達が爆笑している。
「あはは!見た目は綺麗になったのに、やっぱりテレサはテレサだね」
「変わらずにいてくれて、私は嬉しいわ」
「だな。お高く止まって冷たくされてたら、俺泣くとこだったよ」
上半身だけ見えていたシリウスが、話しながら近付いてきた。立ち襟の、黒く長いキャソックを身に着けていて、やっぱりどう見ても神父様だ。
「お兄ちゃん、神父様になったの?」
「ああ、話せば長くなるけど、一応そうだね。おかしい?」
「ううん、とっても素敵。お兄ちゃんは昔からみんなに優しかったから、神父様にピッタリだね」
テレサは心からそう思って言ったのだが、なぜかエドモンとアディーナは複雑そうな顔をしている。
『何か変なこと言ったかな?』とテレサが首をかしげると……。
「テレサ、おいで」
シリウスがテレサの疑問を吹き飛ばす衝撃のセリフを放った。両手を広げたポーズ付きで……。
はて?お兄ちゃんが変なことを言っているような。あのポーズはもしかしなくても……?
すぐに何を求められているかはわかったが、残っていたテレサの理性が『待った』をかける。
いやいや、さすがにこの年になってソレはちょっと……。
躊躇するテレサにシリウスが更に一言。
「テレサ?抱っこは嫌なの?」
嫌? お兄ちゃんの抱っこが嫌な訳がないじゃない!
テレサは戸惑いをアッサリと捨て去ると、シリウスに勢い良く抱き着いた。
あー、懐かしいお兄ちゃんの香りだ……。またお兄ちゃんと触れ合えるなんて嘘みたい。
「あぁ、テレサはやっぱり温かい。でも抱き心地が断然良くなってるな、うん。やっぱりあの頃より肉付きが……」
シリウスが何か小声でブツブツと呟きながら、テレサの腰回りをサワサワと触れている。
「ストップ、ストーップ!シリウス、テレサちゃんから手を離せ!お前、一応神父だからな?」
焦るエドモンの言葉に、テレサはシリウスの顔をそっと見上げたが、昔と変わらない綺麗な微笑みに思わず頬を染めた。
「テレサちゃん、相変わらずチョロい子ね……」
アディーナが困ったように溜息を吐いていた。
修道院の前で神父と抱き合っているというのも外聞がよろしくないので、全員で修道院の中へ移動することにする。
シリウスがテレサをなかなか手離さない為、エドモンがなかば強引にシリウスをテレサから引き剥がすと、食堂へと案内してくれた。いつかの光景とは真逆だと思いながら、テレサはシリウスが再会を喜んでくれたことに頬を緩ませていた。
その一方、テレサの後方ではシスターがシリウス相手にプリプリと怒っていた。
「神父様がこんな方だとは!未婚の女性に対して神父がなさることですか!見損ないましたわ」
「ふふふ、今まで会えなかった反動が一気に押し寄せてしまったのです。あ、テレサ限定なのでご安心下さい」
「そういうことを申し上げているのではありません!ご自分のお立場を考えて下さい!それに、お知り合いなら最初から言っておいて下されば……」
なんだか揉めているように感じてテレサが振り返ると、シリウスとシスターは示し合わせたかのように口をつぐみ、にっこりと笑顔を作った。さすが神に仕える者達、慈悲深く全てを包み込むような笑みである。安心したテレサはまた前を向いて歩きだした。
気付くと、今度は前方でエドモンとアディーナがシリウスに対して愚痴っている。
「シリウスのやつ、テレサちゃんが来るのがわかっていたなら教えてくれればいいものを」
「あの子は昔からテレサちゃんへの独占欲が強いですもの。一人で楽しんでいたに違いないわ」
独占欲って?
意味がわからないテレサは、聞き流すことにしたのだった。