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1話 恐怖の夜会でチャンス到来?

 それは満月が輝き、爽やかな風が吹き抜ける静かな夜だった。

 まもなく王城の門が見えてくる頃、夜道を走る馬車の中には最終確認に余念のない貴族の親子がいた。


「テレサ、今夜もわかっているな?」

「モチのロンってなもんよ!父さま、もう耳タコだわ」


 いまいちノリの軽い娘に一抹の不安を感じ、父は念のため言っておくことにする。


「城に着いたらちゃんと猫をかぶるんだぞ?」

「大丈夫。私の猫は飼い慣らされてるから心配いらないわ」

「それならいいが……。ではいつもの合言葉だ。せーの」


 同時に息を吸った父子は、見つめ合いながら声を揃えてハッキリと唱える。


「「群れない、話さない、空気になれ!!」」


 もはや家訓となったお馴染みのスローガンだったが、唱えたことで気合いが入った様子の娘に、父親はとりあえず安堵の息を吐いた。


 テレサは子爵家の長女で、先月十六才になった。田舎の領地で暮らしていた期間が長いからか、振る舞いはおろか、普段の話し方や思考も令嬢からはかけ離れて成長してしまったが、公の場で猫をかぶることだけは学んでいた。

 今日は王太子主催の夜会が城でひらかれる為、テレサは父である子爵のマートンと共に出席をする予定になっていた。弟がまだ幼いことから、ここ数年専ら母は屋敷で留守番をしており、まだ婚約者のいないテレサが父のパートナー役をつとめているのである。

 テレサ達の乗った馬車が城の門を通過した直後、馬車は音もなく止まり、二人は並んで降り立った。城まではまだ距離があるが、爵位が低い彼らはここからは歩いて向かわねばならないのだ。


 あーあ、歩くのは全然構わないんだけど、空気がすでに重いわ……。みんな顔色が冴えないし、いかにも嫌々来ましたって感じ。ま、それはそうだよね。


 テレサは見知った顔に目礼をしつつ、マートンと腕を組みながら歩を進める。周囲にはテレサ父子と同じく城に向かう貴族で溢れていたが、その表情は一様に暗く、言葉を発する勇気のある者はいなかった。なぜならこの国は今、絶賛恐怖政治真っ只中なのである。国王が病に臥し、唯一の子供である王太子が国王代理として政治の指揮をとっているのだが、この王太子がとんでもなくワガママで常識が無い、ロクデナシ男だったのだ。


 はぁ~、あのバカ王子、絶対今日もなんかやらかすに決まってる!わざわざ自ら夜会を催すなんて、一体何のワナ?目立たず巻き込まれないようにして、何がなんでも生きて家に帰ってやるわ!!


 優雅に歩きつつ、テレサは心の中で王子の悪口を並べ立てていた。


 テレサが夜会に赴く令嬢とは思えない決意を固めているのには理由があった。

 今までにバカ王子の不興を買った数多くの貴族達が、粛清という名の元に、王都から姿を消しているのだ。お茶会なんて開こうものなら、『王家の転覆を狙う決起集会』などと言いがかりをつけられ爵位剥奪される有り様で、自然と派閥なども無くなり、貴族は王太子を恐れて息を潜めて生きている状態なのである。

 王妃が存命だったら状況はまだ違っていたかもしれないが、王太子の出産直後に王妃は亡くなり、王太子を止められる者はもはや闘病中で現在意識不明の国王以外にはいなかった。


 入城し、招待状の確認が終わったところで、テレサはいつものようにマートンに上品な笑顔を向けつつ声をかけた。


「お父様、わたくしはお化粧を直しに行って参ります」

「そうか。気を付けるんだぞ」


 これが恒例のやり取りで、お互い目で『うまくやれよ!』と合図を送り合うと、二人はそっと別れた。 一人の方が目立たない為、あとはそれぞれひたすら存在感を消して夜会が終わる時間までひっそりと過ごすのである。


 さてと、今日も会場の隅っこで『出席はしてますよアピール』をして、その後はお庭で暇潰しコースだな。ったく、夜会ってもっとワクワクするものだと昔は思ってたんだけどねぇ。


 国王が臥して六年。

 テレサが社交界デビューするとっくの前に、キラキラした社交界は消え失せてしまった。今も会場にはほとんど会話もなく、華やかなドレスに反してどんよりとした空気が漂っている。

 テレサが庭に移動してしばらく経った頃、中から騒がしい声が聞こえた。


「はぁ、やっぱりなんか起こったみたいね……」


 溜め息と一緒に呟くと、テレサは渋々会場へと足を向けた。


「お前たちがミラを虐めているのはわかっているんだ!余程私の寵愛を受けるミラが疎ましいと見える。全員どうしてくれようか」


 なにやら前方で、ピンクのドレスを纏った少女の腰を抱きながら王子が怒鳴っている。

 王子の前には呆然と佇む令嬢が三人。テレサでも名前を知っている高位の家柄の娘達である。


 うーわー、これって絶対断罪ってやつだよね。小説で読んだことあるけど、本当に夜会でやるバカがいるとは……。あ、あの王子はバカなんだった。


 しらけた目で観察すると、ミラと呼ばれた少女は寝耳に水といった表情であたふたとしている。


 「え?いや、そんな……」などと彼女が言っているところを見るに、虐めたというのはまたもや王子が勝手に言い出したことらしい。

 それはそうだろう。この場に居合わせた王子以外の全員が気付いていることだが、嫌われ者の王子の寵愛が誰に向こうとそもそも誰も嫉妬を感じないのだから、虐める必要性がない。むしろ寵愛を向けられた令嬢が不憫だと同情していたくらいである。

 現に愛らしい容姿のせいで王子に気に入られてしまった男爵令嬢のミラが、王子のご機嫌とりの為の生け贄であることは貴族内での暗黙の了解だった。

 明らかに三人の令嬢は冤罪なのだが、身に覚えのない言いがかりをやんわりと否定する言葉を探している内に、先に王子が話し出した。


「よし!お前達にはサクッと修道院にでも行ってもらうか。鬱陶しいしな」


 会場がざわつき、やってもいないことで罰を受けるのかと三人が泣きそうな顔で言葉を失くしている中、テレサだけは王子の言葉に目を輝かせていた。


 修道院!? いま修道院って言ったよね!?


 目立たないようにその他大勢を決め込んでいたテレサだったが、修道院という言葉を耳にした途端、体が自然と動いていた。

 人混みをかき分け、三人目の令嬢の右隣にしれーっと並ぶと、手を挙げてハッキリと告げた。


「黒幕はわたくしです!わたくしが皆様を代表して修道院へ参ります!!」


『…………は?この娘、誰?? 』


 テレサの突然の宣言に、会場中の心の声が重なっていた。


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