8 アリシアの解放
『魂の短剣』は、あくまで魂のみに干渉する道具で物理的になにかを傷付けることはない。
だから、私の頭に突き刺さろうとも掠り傷すらつかない。
なんの害もないはずだ。
しかし、短剣が頭を貫いた瞬間に、激痛が私の頭を襲った。
「う、ぁぁぁぁああああああっ!!!」
「あ、アリシアぁっ!!」
いたいいたいいたいいたいいたいいたい!!!
頭どころか全身を引き裂かれそうな痛みが襲ってくる!
死ぬ、しぬ、死ぬしぬしぬしぬしぬ!!
「っ!?」
私の身体を見ると、なにかが私から出ていこうと、いや、『アリシアの身体』から『私』が出ていこうとしている!?
こ、このままじゃ、本当に死んで……!!
死んでたまるか、死んでたまるかっ!!
必死になって身体に張り付き、しがみ付き続けていると、ミラが私に向かって駆け寄ってきて―――
「アリシア様っ!!」
私の頭から、魂の短剣を引き抜いた。
直後、私は完全にアリシアの身体から引き剥がされたのが感じられた。
ああ、だ、駄目だった、か……。
……? あ、れ?
「え?」
「は?」
「なっ……!?」
「あ、アリシア、様?」
その場にいる全員が『私』と『誰か』を交互に見ながら、呆然とした顔を晒している。
え、どうした、の……?
「あ、アリシア、様が、ふ、ふたり……?」
……………は?
「……いまさら、いまさら、なんで、こんな……」
私の傍で、聞き覚えのある誰かの声が聞こえる。
声がしたほうを向くと、『アリシア』の姿がそこにはあった。
その直後、思わず自分の身体を確認してみたけど、こちらも変わらず『アリシアの身体』がそこにはあった。
……えええええ。そうはならんやろ。
「あ、あの、アリシア、様?」
「近付かないで。私はあなたなんか知らないわ。あなたたちがさっきまで『アリシア』と呼んでいたのはそっちのほうよ」
声をかけるミラを冷たく突き放し、もう一人のアリシアが私を睨みながら言葉を続けた。
「……ねぇ、満足?」
「……え」
「私の代わりに私の人生を生きられて満足だった? あなたに人生を奪われた私のこととか考えたことがある? それともあなたに取り込まれて消えてなくなったとでも思ったの? 冗談。あなた如きに消されるほど私は弱くないわ」
……この、このアリシアは、まさか、『原作のアリシア』……!?
「この5年間、あなたの中でずぅっと見ていたわ。あなたが私の身体を使って好き放題に生きていたのをね。ゲームとやらの知識で先のことが分かっているからといって、反吐が出るような善行に精を出したりして、私よりもうまく立ち回ったつもりかしら?」
「え、え?」
親指の爪を噛みながら、アリシアが言葉を続ける。
「ねぇ、私は、『あなたの知っている私』は、確かに物語の中で悪事に手を染めていたかもしれない。断罪されて当然の所業をしていたのかもしれない。けれど『この私』は、そんなに悪いことをしたのかしら?」
「そ、それ、は……」
「なにも悪いことをしていないとは言わないわ。周りの人間に冷たい態度をとっていたことは事実だしね。けれどそれは、人生を奪われるほどの罪だったのかしら? 私は、自分の人生を自分で生きることすら許されなかったの? ねえ、ねえ……!」
これまで、私は『アリシアとして生きる』ことばかり考えていた。
本当のアリシアの人格がどうなったかなんて、考えたこともなかった。
彼女は、ずっと私の傍にいた。
私が、自分が生きるはずだった人生を生きているところを見せ続けられていた。
……それは、どれほど絶望的な――――
「……もういいわ。もうあなたに汚されきった『アリシアの人生』なんかいらない。好きに生きたら? 私も好きにさせてもらうから」
「ま、待っ……」
それだけ告げて、アリシアは目の前から消えた。
わ、ワープ? そんな能力あったっけ?
……いや、違う! 例のステルス迷彩魔術だ!
単に見えなくなっているだけで、まだ近くに……!
「あ、アリシア様! どういうことですか、いったいなにが起きたんですか!?」
「さっき消えたアリシアは、なんだったんだ……?」
「人生を奪われたとか言ってたが、どういう意味だ?」
「……分かる範囲でいいから、説明してもらえるかな、アリシア」
アリシアが消えた直後、集まっていた皆が私に詰め寄ってきた
いや、今それどころじゃねーよ! 早く追って捕まえないと!
げ、原作のアリシアがシナリオから外れて好きに動き出したりなんかしたら、どんな事態に陥るか分かったもんじゃない!
ちょっと! お願いだから離して! バカモーン! アイツが本物のアリシアだー! 捕まえろー!
……てか、いつの間にかメルフレッツもいなくなってるけど、どこ行ったんだ?