7 メルフレッツの覚悟
「お目覚めですか」
「……は?」
目が覚めた時、真っ先に見えたのは見覚えのある顔。
寝ぼけた頭をフル回転して、その名前を思い出し、口に出した。
「メル、フレッツ?」
「……ええ、私ですよ」
原作でアリシアが橋の下から拾った取り巻きの少女、メルフレッツ。
彼女が目の前に立っているのが見えた。
私が名前を呼ぶと、不快そうに眉を顰めている。
「ここ、は……?」
「あなたの、いえ、アリシア様の御屋敷の地下室ですよ。ここでよくアリシア様とお喋りをしたり、アリシア様がこっそりと拝借したお茶菓子などを一緒に食べたりしていました。ああ、あの時は本当に幸せでした……」
懐かしそうに、そしてどこか寂しそうな顔で話している。
いや、知らんがな。そんなことした覚えなんか、いや、私が転生する前の話か?
……?
あれ、なんでさっき『あなた』から『アリシア様』に言い直したんだ?
「その時に、お茶やお菓子の保管場所なども把握させていただきましたので、眠り薬を仕込むことも容易くできました。屋敷の中の隠し通路なども、教えてくださいましたしね」
「眠り薬……? お茶に、仕込んだ……? なんでそんなことを……」
「数年も経てば、私もアリシア様のことを忘れて、頑張って努力すればいつか報われる日がくるんじゃないかと、思っていました」
「なにを……?」
異常な目つきでこちらを見るメルフレッツが酷く不気味に思えて、本能的に逃げようと身構えた。
でも、身体が動かない。くそ、眠り薬以外にも麻痺薬かなんかを一服盛られたか……!
「でもね、それでは駄目なんですよ。たとえそれで私が報われたとしても、アリシア様が救われない」
「……言っている意味が、分からないのだけれど?」
「いいえ、あなたは分かっているはずですよ。他ならぬ『あなた』だけはね」
こいつ、さっきからなにを……
「アリシアっ! いるかっ!!」
!
メルフレッツの言葉を聞きながら困惑していると、地下室の扉がこじ開けられる音とともに私を呼ぶ声が聞こえた。
今の声は、ランバート?
「ここです! ここからアリシア様に対する敵意が感じられます!」
「ミラ、危ねぇから下がってろ! あとはオレたちがなんとかする!」
「嫌です! 私も行きます!」
「……僕の未来のお嫁さんを攫ったのはどこのどいつかな?」
他にもめっちゃ聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
ギルガットやミラ、あとアルバートも来てるみたいね。いやこういうのは憲兵とかに任せたほうが(ry
声の主たちがドカドカと足音を響かせながら、地下室にいる私たちの下へ駆け寄ってきた。
それを見て、メルフレッツは愉快そうに目を細め微笑んでいる。
「……皆さま、お集まりのようで」
「お前は……?」
「……確か、5年前にアリシアが倒れるまでよく傍にいた……」
「ええ、メルフレッツと申します。しがない平民の身ですが、よしなに」
「……その平民風情、いや誘拐犯がアリシアになんの用かな?」
「……くくくっ……」
アルバートにそう問われると、メルフレッツは小さく笑い始めた。
もうほとんど詰んでいるような状況で、ここまで不敵な態度を崩さないなんて。
……というかコイツ、ホントになんのために私をこんなトコまで運んできたんだ?
一頻り笑い続けた後、メルフレッツが口を開いた。
「そこにいるのはアリシア様ではありません。アリシア様に憑りついた、悪霊ですよ」
っ……!!
「……言っている意味が分からないけれど、どういうことかな?」
「殿下は御存知ないかもしれませんが、5年前にアリシア様はお散歩の最中に気を失い、3日間もの間寝込み、目を覚まされた時には別人のように変わってしまいました」
「それで?」
「アリシア様が知っているはずのことを知らなかったり、逆に知っているはずのないことを語ったり。他の方々からは多少不自然に感じたくらいだったでしょうが、私の目は誤魔化されません。アリシア様は、あの時以来ずっとなにかに操られているんですよ」
……ビンゴ。
はたから聞いてたら『コイツ頭おかしいんじゃねーか』と思われるような話だけど、大正解である。
「おい、メルフレッツとやら。それはあり得ないぞ。霊魂の類がアリシアに憑りついていないかなんて、その手の魔術のプロによってとっくの昔に検査されている。その結果、なんの異常も―――」
「いいえ! 私には分かります! アリシア様は断じてこのような残念な御方ではなかった! こんな出来損ないの私のことを否定するようなことも言わなかった! この方は、アリシア様ではありません!」
「っ!? やめろ!!」
メルフレッツが、私に向かってなにかを振り降ろした。
あれは、『魂の短剣』……!?
憑りついた悪霊を引き剥がすための、アイテム……!
「アリシア様! 今、お救いしますっ!!」
メルフレッツの振り降ろした短剣が、私の頭を貫いた。