5 5年後のアリシア
私がアリシアに転生してから、既に5年が経過した。
本編は、とっくに始まっている。
あれからできる限りのことはやったつもりだけど、まだまだ油断はできない。
もしかしたら世界の因果的な修正力みたいな不思議パワーがはたらいて結局断罪される可能性もゼロじゃないし(ry
「アリシア、どうしたんだい? なんだか浮かない顔だけど」
「い、いえ、なんでもないわ」
言いようのない不安に駆られる私を、怪訝そうな顔で眺めながら言葉をかけてくるランバート。
例の毒殺未遂ゴリ押し解決劇以来会う機会が増えて、今ではこうして一緒に学園へ登校するくらい仲がよくなっている。
「そうか。……にしても君、ホントに変わったよね」
「か、変わったって、なにが?」
「5年くらい前までは、なんていうか、その、底知れないなにかが感じられたというか……正直言って、近くにいるのが怖かった」
……うん、当然といえば当然だよね。
その5年前から中身が違うんだし。
「でも、今のアリシアは全然そんなことなくて……むしろ傍にいないと心配なくらい抜けてるというか……」
「抜けてるってなによ!? これでも成績は悪くない って、うぉわったった!?」
「お、お嬢様!?」
ランバートに反論しようとしたところで、小石に脚をとられてコケそうになった。
それを見て傍仕えのメイドさんが心配そうに悲鳴を上げている。
「だ、大丈夫よ、ごめんなさいね」
「……言ったそばから躓きそうになってるじゃないか。頼むから自分の足元くらいは見てくれよ」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
もはや、以前の悪役令嬢なイメージのアリシアは誰の中にもいない。
今の私は残念系善良令嬢として周囲に認識されてしまっている。ちくせう。
しかし、そのおかげで攻略対象をはじめとした主要人物たちから警戒されることもなく、楽に友好的な関係を築くことに成功していた。
ま、まあ、悪女として警戒されて敵対視されるよりはマシか。うん。
しばらく二人で話しながら歩いていると、背の高い影が近付いてきた。
褐色の肌に金短髪の少年、攻略対象の一人『ギルガット』だ。
パッと見た目チャラ男にしか見えないけど、実際チャラい。
「よぉう、おはよーさんアリシア。そっちのヤサ男もおはよう死ね」
「おはよう、ギルガット。……挨拶ついでにランバートに喧嘩を売るのはやめなさいって」
「だってさぁ、オレよりアリシアん家と近いってだけで彼氏面して一緒に談笑してるんだもんよー。そりゃ嫉妬のあまり口も悪くなるっつーの、よって俺は悪くない。悪いのはソイツだ」
「無茶苦茶な理屈を振り回すのはやめてくれ。それに、君はまだアリシアに勝ってないだろ? なら僕に文句を言う筋合いはないだろう」
「うっせ。死ね。肋骨折れろ」
ギルガットは『自分よりも強い女』が好みというキャラで、本編だと主人公のミラと些細なことから口論になった末に喧嘩が勃発。
体格的にどう考えてもミラに勝ち目なんかないけど、喧嘩が始まった直後に『逃げる』の選択肢を選んでから曲がり角まで誘導。
キレながら追いかけてきたギルガットが曲がり角まで来たところを頭突き突進して陣中に直撃させて勝利するという、もうどこからツッコんでいいのかも分からん迷イベントだ。
それ以来、自分を倒したミラに惚れて付きまとうようになって、ミラに危険が及びそうになると助けてくれるというちょっとウザいけど頼りがいのあるキャラだった。
ちなみに他のキャラのルートだとアリシアに負けてて、ミラにそうしていたようにアリシアを守るために敵対してくる非常に厄介な敵キャラとして立ちはだかってきた。
アリシアはどうやって勝ったのかって? アリシア、武術もアホみたいに強いんですよ。
実際、ギルガットと初対面で喧嘩になった時も一方的にボコボコにしてやったしね。
……アリシア、お前さん反則すぎるだろ。どうして本編でミラに負けたんだマジで。
いや油断してたら普通にミラが負けるんだけど、でも実際ミラが全力を出したところでアリシアに勝てる気がしない。爵位も頭脳も喧嘩も魔術もなにもかもアリシアが上だし。
それくらいアリシアはなんでもできてしまうチートキャラだ。……ま、まあ、そもそも勝てないとゲームとして成立しないし、そういうもんなんだと納得しておこう。
で、私に負けてボコボコになったギルガットいわく『いつかお前に勝ってみせるから、その時はオレの彼女になってくれ』とか言ってきた。
……なんという脳筋恋愛観。そんなんで乙女心が動くとでも思ってんのか。
チャラ男どころか単なるアホの子やん。こちとら公爵令嬢だぞ、普通ならそのまま投獄されても(ry
「ぜぇ、ぜぇ、ご、ごきげん、よう、あ、アリシア、様……!」
……とかアホの子に対して呆れ交じりに内心愚痴っていると、息が絶え絶えなのに耳に心地いい可憐な声が耳に入ってきた。
ゲーム時代に何度も何度も聞いた澄んだ声。声優さんの声そのまんまで、初めて声を聞いた時に思わず笑っちまったわ。
「ごきげんよう、ミラ。……なんでそんな息切れしてるの?」
「ち、ちょっと、寝坊、しちゃいまして……!」
肩で息をしながら、膝に掌を当てつつ前かがみの状態で息を整える、金髪ストレート碧眼の華奢な少女。
『ミラージュ・レイン・フィッツガルド』。恋愛ゲーム『駆けずり回れ、疾走令嬢!』の主人公だ。
「……ここまで走ってきたのか? はしたないっつーか、その長いスカートじゃ危ねぇだろ」
「だ、大丈夫です! スカートで走り回るのには慣れてますので!」
「慣れちゃダメだろ。君、侯爵家の令嬢だろ……?」
「そんなしょっちゅう忙しなく動いてるから『疾走令嬢』なんてあだ名で呼ばれるんだろーが」
「え、えへへ、それほどでも……」
「いや褒めてねぇぞ!? どんだけポジティブなんだよ!」
ミラの天然ぶりにツッコミを入れつつも、どこか微笑まし気に苦笑するランバートとギルガット。私も笑うしかねぇ。
確かに疾走令嬢の名に恥じない健脚ぶりだ。侯爵令嬢としてはいかがなものかとは思うけど。
「だって、アリシア様もスカートなのに馬車よりも速くかつ優雅に走っていらっしゃいましたよ? 『疾走令嬢』っていうのはきっとあんな風にエレガントでスピーディな走り方をする人が呼ばれる称号なのでしょう。嬉しいに決まってますよ」
「……アリシア?」
「オホホホホナンノコトダカワカラナイワー」
本来ならミラとは本編が始まった時点で出会うことになるのだけれど、私は既に1年前に接触していた。
1年前にとあるキャラが誘拐されそうになってしまい、その時にミラが全力で走って追いかけて誘拐の証拠を手に入れ、そのキャラを救い出したという過去回想イベントだ。
本編の回想だと馬車に乗せられ連れ去られようとしているところをミラが走って止めようとするけど失敗する。
しかし、図らずも馬車の備品の一部をへし折ったことで、その備品が欠けている馬車にそのキャラが乗せられているという手掛かりが作られ、なんとか救い出すことができた、というものだ。
その誘拐現場に出くわすように、そのイベントが発生する時期に現場で待機していたのだけれど、ここで問題発生。
馬車を止めようとミラが走り出したところで、盛大にコケよった。
……足を挫いたのか、馬車まで走ることができない状態に。どうしてこうなった。
あのままじゃ証拠を手に入れることができずにキャラが誘拐されてしまい、フラグが立たないどころかそのまま行方不明になる危険性があった。
だから私が動いた。動かざるを得なかった。
ホントはちょっとした手助けでもしてミラと接点を作ろうとしたのだけれど、ガッツリ助けましたとも。ええ。
『身体強化』の魔術を発動し、走り出した馬車に向かって全力疾走して追いつき、車体と馬を繋ぐハーネスを断ち切ることで、ゴリ押しで車を止めた。
今思うと中にいたキャラが大怪我しかねない危険行動だったけど、焦ってたんですよー……。
幸い、誘拐されそうになったキャラは怪我一つなく無事だったし、図らずも私との接点もできた。本来ならミラとのフラグなんだけどね。
さらにその一部始終を見ていたミラからも、まるで推しを見るファンみたいな目で見られるようになってしまった。
ぶっちゃけ、視線が熱すぎて時々ちょっと怖い。
……ま、まあ、これでミラとの敵対フラグが折れたと思えば大成功と言えなくもないからいいか。
本編のアリシアはなんでこの子と敵対しようと思ったのか。
簡単なことだ。ミラの行動力と正義感の強さはアリシアにとって目障りかつ脅威だったからだ。
本編開始時点で様々な策謀・暗躍を繰り広げているアリシアは後ろ暗い仕事をいくつも同時進行していた。
その暗躍を次々とミラが潰していき、やがて黒幕がアリシアであるということに気付くのは時間の問題だった。
故に様々な手を打ってミラを陥れようとするのだけれど、逆にそれらを打ち破ってアリシアに辿り着く、というのが本編の流れだ。
ま、私はそんな物騒なこと一切してねーけどな。
普通に考えて敵対する理由はなに一つないし、むしろあの誘拐事件以来友好的な関係を築くことができている。
ミラに関してはもう心配することはない。
むしろ本編以上にボケてるこの子の今後が不安だ。大丈夫なのかマジで。