4 痛恨の選択ミス
高いお金はたいてダイムに依頼し、園長と侍女を糾弾・尋問・逮捕してランバートの両親は既に解毒済み。
いきなり家にドカドカ乗り込んだりしてたもんだから随分と困惑されていたけど、そんな細かいことを気にしてる場合じゃなかった。
ランバートも急に訪れた私を警戒してた様子だったけど、真偽の判定を使えるダイムが私の言葉を真実だと告げてくれたことで、どうにか信じてもらうことができた。
……あの様子だと、私のことを『信用してはいけない怪しい女』くらいに思っていたっぽいな。
一応礼は言っていたし、今回の件でその警戒心もいくらか和らいだっぽいけど。
……さて、たった一つのイベントに対して随分とグダグダグダグダ無駄に手こずっていたけれど、軽く100を超えるイベントのうちのほんの一部を先に潰したに過ぎない。
まだまだやらなきゃならないことは山のように……くっ……することが、することが多い……!
まず、周囲の人物たちとの関係改善。
この腹黒悪役令嬢、自分を誤魔化す必要がない相手にはとにかくあたりがキツく、色んな人たちに怖がられたり憎まれたりしまくってる。
御付きのメイドさんとかも私の看病してる間めっちゃ怖がってたし、執事さんは私を見る目が酷く冷たい。今までなにやってたんだアリシア。
このままじゃいつ誰に背中を刺されるか分かったもんじゃない。
アレだ、悪役令嬢転生モノにありがちな『寝込んでから無害化しましたよ』アピールをして徐々に信頼回復に努めとこう。
そして取り巻きたちへの対応も考えなければ。
アリシアの周りには、大体2~3人くらい常に付添いがいる。
どいつもこいつもロクなヤツじゃねーけどな!
まずアリシアからのお小遣いほしさに小さな悪事に手を染める男爵令嬢『ガメツィラ』。名前から漂う手抜き臭よ。
この娘はちょっとした嫌がらせや簡単なおつかいを頼んだりするための、まあパシリだ。
手切れ金としていくらか握らせて縁切りすればいいや。特に大きなイベントに関わるようなキャラじゃないし。
次に戦闘狂子爵令嬢『ジェノサイ』。名前から漂う物騒さよ。
この娘は荒事専門で、とにかく暴力が好きで好きでたまらないというバーサーカーだ。なんだコイツこわっ。
なにかと敵の多いアリシアの護衛、というかアリシアに付いていれば喧嘩相手に困らないから付添ってる節すらあるという。
……護衛としては心強いけど、制御するの大変そうだなー。コイツとも縁切り安定かな。
で、問題はランバート編でも名前の出てきた『メルフレッツ』。こいつだけ明らかに他の二人より設定が優遇されてる。名前も他二人に比べたらまともだし。
幼いころからアリシアが手塩にかけてじっくりと調教してきたお気に入りだ。
メルフレッツは取り巻き立ちの中で唯一の平民で、劣等感の塊みたいな娘だ。
彼女には姉がいて、体格が女性にしてはかなり逞しい、というか男性でも憧れるようなマッチョぶりなうえに自身の膂力を底上げする『身体能力強化』や、どんな重傷を負ってもすぐに回復する『自己再生』とか脳筋編成ながら強力な魔術を使える。
そのおかげで平民ながら騎士団に入団して、目覚ましい活躍をして順風満帆な出世街道を歩んでるとか。
それに比べてメルフレッツは小さな傷くらいしか治せない『回復』の魔術と、使いどころが限られる『魂の使役』くらいしか使えない。
姉と違って華奢な体格だし、頭もあまりよろしくない。
なにかと姉と比べられて、嫌な思いばかりしながら過ごしていたらしい。
誰かに愚痴を言おうものなら『お前が無能なのが悪い』だの『お前も姉を見習って努力しろ』だの言われるばかりで、鬱憤が溜まるばかり。
なにもかも嫌になって、橋の下で泣きながら落ち込んでいたメルフレッツをアリシアが見つけたことが、彼女との出会いなんだとか。
泣きながら蹲る彼女の事情を聞いて、『嫌なことがあるなら、好きなだけ私に向かって吐き出しなさい』とか『他の誰が否定しても、私はあなたを肯定するわ』と、彼女が欲しかった言葉をかけ続けて慰めた。
なんて一見いいこと言っているように聞こえるかもしれないけど、アリシアは決して善意や同情からそんなことをしたわけじゃない。
単に『魂の使役』の魔術が使えるこの子が『面白そうな駒』になりそうだから拾っただけだ。
なにせアリシアは他人がどんな魔術を使えるか看破できる目を持ってるからね。クソチートめが。
アリシアに心酔していて、どんな悪どい命令だろうが躊躇わず実行する。
『魂の使役』によって数々の悪事に手を染め、悲劇をもたらす悲しく愚かな存在だった。
とにかく外にいる間はアリシアに四六時中ベッタリなこの娘。
本編中でもアリシアによく愚痴を漏らしていて、内心辟易しながらも彼女の機嫌をとり続けていたのはよく覚えている。
それだけアリシアにとってはこの娘が思った以上に有用だったというわけだ。
ま、私にとっちゃウダウダと愚痴を言ってくるだけのウザい存在に過ぎないわけですが。
それでも、彼女も心の隙を突かれてアリシアにたぶらかされた被害者みたいなもんだし、あまり冷たく突き放すのはちょっとね。
というわけでいつものようにベッタリとくっついてくる彼女を優しく諭そうと思って、『これまでずっとあなたのつらい思いを聞いてきたけれど、いつまでも姉と自分を比べていてはダメよ。あなたはあなたでしょ』と極力優しく諭そうとしたわけですが。
「……アリシア様も、結局みんなと同じことを言うんですね……」
……どうにも、選択肢ミスったっぽい。
酷く失望した様子で、悲し気にそう言うメルフレッツは涙を流しながら言葉を続けた。
「あの時、橋の下から拾われた時にかけてくれた言葉は、私にとって救いでした。それからずっと、こんな私の話を嫌な顔一つせずに聞いてくださって、でも、先日倒れられた日から、あなたは……いえ……今まで、ありがとうございました……」
それだけ告げて、彼女は私のもとを去っていった。
……あー、その、なんだ。……私にだってミスすることくらいあるわ。
まあこれでメルフレッツの愚痴から解放されると思えばいいか、
私には、弱い『回復』も『魂の使役』も必要ないし。……ちょっと可愛そうだけど。
私は油断していた。
この時、彼女を追ってちゃんと話をしていれば、あんな事態にはならなかったかもしれないのに。