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バックベアードのワイルドハント

作者: ジョーン


「ヴェルトシュメルツっていう言葉を知ってますか?」


その少年は俺に問いかけた。


「ドイツ語なんですけど、世界は、自分が思っているより劣っているかもしれないと、ふと感じる感情なんだそうですよ」


金髪で青い瞳の少年なんて日本では珍しいが、本人は英語もドイツ語も話せないから、日本人として扱ってほしいというのだ。


「世界が、自分が思っているより劣っているなんて、ドイツ人は変なことに名前をつけるなぁ」


「そうっすよね、せっかく『ゲゲゲの鬼太郎』の作者が『バックベアード』って名前をつけたんですから、そっちを使えばいいのに」


「ああ、西洋妖怪のボスか。関係あるのか?」


 こうして、少年の話を聞いているのは、全国を自転車で回る夏の旅の途中だ。

ちょうど行先が同じなので同行しているが、少年はこちらに気も遣えるし、金をせびってきたりもしない。まあ悪い奴じゃなさそうだ。

 俺がたばこを吸いたいと言ってコンビニに寄ろうとしても、待っててくれるやつだ。名前は「ワルト」らしい。当て字で、3文字で、ドイツではよくある名前なんだとか。力士みたいだな。


「ゲゲゲの鬼太郎ね、よく見てたよ小さいとき。牛鬼が怖かったなぁ」


「で、聞いて下さいよ、バックベアードについて」


「いいよ」


ワルトによれば、バックベアードという妖怪は、吸血鬼やフランケンシュタインのような元ネタのある妖怪ではないらしい。


ん?指輪物語のサウロンがそんなイメージだったんじゃないの?と聞くと、そんならサウロンって名前にすると思いますよだと。それもそうか。


「ゲゲゲの鬼太郎の作者である水木先生は、戦争体験があるから、アメリカ・イギリスに対する恐怖感ってのが強かったのかな?」


「そうなんですよ、さすがシンドウさん。戦争に対する恐怖、それがバックベアードの暗闇に浮かぶ巨大な目、暗闇から伸びる手のような触手。そしてバックベアードというネーミング」


「へえ、バックベアードって熊かなんかじゃないんだ?」


back of beard にすると、あごひげの裏,

back of bared にすると、むきだしの裏


そんな意味になると、メモに書いてくれた。


「なんのこっちゃやな」俺はそう答えた。


「ちなみに、barebackだと、鞍を置いてない裸の馬です」


「野生の暴れ馬かなにかか?合わせて考えると少し怖さが出てきたね」


「でしょう?こういう流れだと思うんですよ。西洋人はヴェルトシュメルツなんて言葉を生み出すくらいですから、心の裏にあるものを読み取ろうとしたい性格があるんじゃないですかね?」


「そうかなぁ、ワルトが言うならそうなんだろうな、俺はあんまり外人を見たことないんだよ」


「人の心の中に、小さなバックベアードがついててですね、自分と同じ不安、自分と同じ闇に出会うと、それぞれのバックベアードが合体して大きくなるんですよ」


「ははぁ、思い当たるなあ」


「その不安を、大きく、強くしていくとあの漫画みたいに『ははははは』と大げさに笑いはじめて人間を悪の行動に導いてゆくんです」


「怖いじゃないか」


「そして、バックベアードは目しかない。何か、戦争や犯罪が行われても、巨大な目だけでは何もできない。黒い霧のような手が人間にそれらを行わせる。実はバックベアードには何の力もないけれど、人がなぜか奴のかわりに罪を犯してくれる。そして『仕方なかったんだ』と言わせるわけです」


「罪に、しかたないも何もないだろう」


「ありますよ、アメリカさんは日本に原爆を2個も落としておきながら『まあ、あれで戦争が終わったんだから仕方ないよ』と思ってるんです」


「あー沖縄上陸の次は九州上陸だったかもしれないもんね。そういえば仕方ないのかな?」


「えー理解がありますね、私はそれでもフランス革命とか、アウシュビッツとかもあわせて色々、熱に浮かされて悲劇的な事をやることに対して『仕方なかった』は無いだろうと思いますけどね」


「それで言えば日本も当時戦争に熱狂的だったっていうし」


「・・・それがバックベアードの恐ろしさなんですよ」


「怖いなぁ。そういうことなら、西洋妖怪だけじゃなくて、日本の妖怪もバックベアードに勝てないんじゃないの?」


「フフフ」


「なんだ?」


「シンドウさん、こういう話も付き合ってくれるんですね」


なにやら怪しい笑顔で言いやがる。


「ああ、まあ話題なんて、なんでもいいよ、喋る事なんてだんだん減ってくるもんだ」


俺たちは、静岡から名古屋に向けて自転車を漕いでいる途中で出会った。

今は、大阪を越えて、次はどこに行こうかを考えていた。


「四国には行かないんですか?」


「え?チャリだよ?」


「尾道と今治をつなぐラインは自転車で渡れるそうですよ。淡路島なら船に自転車を乗せることができるそうですし、淡路島から四国へも、バスに乗せてもらえるようです」


「詳しいな、じゃあ四国行ってみるか」


----


淡路島はサイクリングには最高だった。


「日本の神話では、最初に出来た島なんですよ!シンドウさん!」


「しってるよぉ、でもまあ衒学的(げんがくてき)なお前の話も嫌いじゃないぜ」


「学を(てら)ってるんじゃなくて、ウンチクを言いたいだけなんですよー」


「良いんだよ、俺も言われなきゃそういう気分にならなかっただろうし」


「お望みならば、平家物語スポット巡りをしましょうか?」


「楽しそうだね、でも先に平家物語を全部読んでないと楽しみを共有できないだろう?」


「僕がのんびり話をしますよ、平家物語くらい」


「すげえな。確か、エンディングは義経を守る武蔵坊弁慶の仁王立ち!だっけね?」


「そこがラストでも良いですし、大陸に渡ってチンギスハーンやる方向でも良いですよ?」


「平家物語のラストで良いんだよ」


「ラストは何でしたかねえ、ちょっと忘れました」


そんな話をしながら四国まで渡った。



----


四国を時計回りに移動し、今治あたりから本州に戻ろうということにした。

日差しは眩しく、常にサングラスが必要だ。


「ワルトは何で自転車で旅をしてるんだっけ?」


なんとなく、マナー違反な気がして、こういう事は聞かなかった。


「死に場所探しですよ」


「へえ、死にたいのかい?」


「いえ、今はそうでもないです」


「いい死に場所が見つかったら、いつか死ぬときにここにもう一度来よう。というわけか」


「そうですね、僕の理想の死に方を色々シミュレーションしながらついて行ってるだけです」


「あー、だから目的もなく」


「シンドウさんは何で旅をしてるんです?」


「俺は・・・なんだったっけなあ・・・忘れた」


「えーずるいですよ、なんか思い出したら教えてください」


そういって、ワルトは道の先を漕いで行った。


----



俺は昔、公園にいたホームレスを、仲間と一緒に、口では言えないような酷いことをして殺している。


「そうじをしてやる」


という気分でいた気がする。


弱いものを痛めつけて、なぶって遊んだ。

今ではなぜあのような事をしたのかわからない。


分からなかったが、ワルトがバックベアードの話をしてから、その時の事がムクムクと思い出された。


俺は、集団の掟に従っただけだ。。。もちろん明文化されているわけでない、その場の空気としか言いようのない掟だったけど。


もしかしたらバックベアードという妖怪がギャングを作っているのか?俺のせいじゃないんじゃないか?俺も仕方なかったと言いたいんじゃないか?


どうしようもない気分が俺を満たしていった。

ワルトは何であんな話をしたんだろうか。


-----


しばらく黙って四国の道を進んでいたが、思いあまって聞いてみた。



「なあワルト、お前は何で死にたいんだ?」


「秘密ですよ」




「前に言ってた、バックベアードの話があったじゃん?」


「ありましたね」




「俺は、あの話は本当だと思うよ」


「妖怪が存在する事についてですか?」


「いや、集団が暴走して手に負えなくなる事が、だな」


「ああ、なるほど。それについて、もう一つ思い出したことがあるんです」


「へえ、西洋の話?」




「はい。ヨーロッパでは今でも『ワイルドハント』というのが信じられていましてね。年に一度、妖怪たちが空を駆けまわり狩りをするんだそうです。だけどその妖怪たちにはリーダーがいて、神話の神々がリーダーな事もあれば、実在した海賊フランシス・ドレイクとかがリーダーだったりするんですよ」


「へー、イメージしにくいな」


「ワイルドハントの日があるみたいで、その日の夜は外に出たらいけなくて、戸口の前に塩と食料を置いておくんだそうです」


「日本で言うと何になるかな?」


「何でしょうね?お盆は地獄のフタが開くとは言いそうですけど」


「2月に豆まきをしたりするな」


「それとはちょっとイメージ違いますよね、豆まきの鬼って、なんか痛がってくれるやさしさがありますからね」


「ははっ、そういうところはあるかもな」


「僕はその、『ワイルドハント』って何を狩るのかなって、ずっと思ってたんです。統率者がいるんだから、狩りの目的があるじゃないですか」


「まあ、それぞれあるかもね。神話は詳しくないけど、ゼウスが統率するなら美女を狩ってきて、帰って奥さんに怒られるまでがセットなんじゃないか?」


「あーなるほど、よくご存知じゃないですか」


「スマホゲーとかで出るんだよ」


「へえー、僕はですね、恨みを持って死んだ魂が、その日だけはよみがえって復讐してよいぞ!という日なんじゃないかなと思ってるんですよ」


「はーそれなら、戸口を締めてガタガタ震えるのは、心にやましいことがあるやつ全員じゃないか」


「それが、西洋の人は全員『原罪』っていう罪を持っているので、全員が戸口を閉めてガタガタ震えるそうです」


「原罪かあ、それは性善説とか性悪説みたいな話じゃないんだろうね」


「原罪も色々解釈がありますけど『人は生まれながらに罪を背負っている』というのが共通してるみたいですね。生きてるうちにやっちまった罪とは別に」


「フウン」


「悪いことに思い当たることがあってもなくても、一年に一度戸口を閉めてガタガタ震える日があるってのは、僕はなんだか羨ましいなって思ったんです」


「え、何で?」


「僕だって、どこで誰を傷つけてるかわかんないし、僕が死に場所を探してるって話をしたら、早く死ねよと思ってるやつもいると思うんです」


「へえ、お前でもそんな事を思うんだ」


「お前でもってどういう意味です?」


「いやあ涼しそうな顔をしてるぞ?イケメンボーイ」


「シンドウさんもそんな気分にはなるでしょう?」


俺は昔のホームレス殺しの話をするべきか悩んだが、話をしてこいつに色眼鏡で見られたらイヤだから話さないことにした。


「あるかもなあ」


「そんな中、家族と一緒に『今夜はガタガタ震えて夜を明かしましょう!』って言い合うのはちょっと健康に良いような気がするんです」


「家族がいないやつだっているだろう」


「そこはもう、風習なので、一人ぐらしでもみんなガタガタ震える日なので、ああ、お隣さんも今夜はガタガタ震えてるんだろうなーと思うだけで良いんですよ」


「なるほどなあ、確かに、こう、罪を共有してくれるような気分にはなるかもな、言わなくても」


----




そんな話をしたせいか、俺はその日の夜、夢を見た。


俺が殺してしまったホームレスが、もし俺に復讐しようというなら、言われるがままに死んでやろうと思っていた。


しかし、昔住んでいたアパートに俺はいて、戸口を閉めて、外からチャイムをずっと鳴らされる夢を見た。


殺してしまったホームレス、警察から名前も年齢も聞いているので忘れることもない。


ずっとあいつがチャイムを鳴らしているが、俺は部屋で、一人でガタガタ震えている。


そういう夢だった。






----



目覚めると、ワルトは駅のトイレで顔を洗っていた。薄明るい朝の空気の中、なんだかやつを見てほっとした。


「ああ、おはようございます」


「おはよう」


「眠れましたか?」


「ああ、よく眠れた。ちょっと今朝は冷えるな」


夏の朝でも肌寒い日はある。


「そうですね、ここは良い海ですよ」


「ああ、日の出が良く見えそうだ」


「このへんでどうですか?」


「何がだい?」


「あなたの死に場所ですよ」


「ああ、そういえば・・・」


そういえば、俺の旅の目的もそういう事だったような気がする。

ワルトの目を見ていると、俺は今まで、ここで死ぬために生きてきたような、そんな満足感さえ湧き出てきたようだ。長期休暇で仕事を残して来た会社とか、家とか、家族とかあった気がするけど、まあなんとなく全部うまくいくだろう。そんな確信さえも生まれてきた。




「俺の自転車とか、あと荷物とか、お前にやるわ」


「ありがとう、なんとか処分します」


「手間をかけるな、こちらこそ、ここまでありがとう」


こうして俺は、自分がいつかこうしようと思っていた通りに、着るものすべてを脱ぎ捨て、生まれたままの姿で海に入った。とにかく、太陽に向かって泳ぎ続けよう。そう決めた。


朝日はまぶしく、遠泳には良い日だ。どこまで行けるかなぁ。










----








「バックベアード様、終わりましたよ」


少年はそう言って自転車をたたみ、スマホで近場の不用品買取屋を探し始めた。


少年の姿をその後見たものはいなかった。












読んでいただきありがとうございました。

暗い話ですみませんでした


自決を推奨してるわけじゃありません

死を想えるのは生きてるうちだけですよ。


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