晴れ。流されたのか
「うみゃい、うみゃいっ!」
「………………」
「だから落ち着いて食えって言ってんだろうが」
相変わらず一々声を上げながら食べるサニーと黙々と口に運ぶレイン。
こいつら相手にしてるとフライングキャットの連中じゃないが小動物に餌やってる気分になるな。
そんなことを考えながら俺も一緒に朝飯を食べる。
「まぁ、ぼちぼちだな。やっぱ男の手料理だとこんなもんか」
俺がそういうとサニーとレインがぴたりと止まった。
「お前らなんか言いたそうだな」
「「男?」」
「心はいつまでも少年なんだよ、言わせんな」
あ、割烹着から着替えんの忘れてた。
食事しながらになるが今後の話でもすっか。
「今日なんだが……レイン、お前は留守番な」
「ん。まかせて、自宅警備には慣れてる」
食べながら頷いたレイン。
あと誰だよ、こいつに自宅警備って概念植え付けたの。
ミスティじゃねえだろうな。
「それでだ。サニー、今日も出かけんぞ」
「はいっ!」
びしっと敬礼の形に手を動かしたサニーの胸が揺れた。
ふと視線をレインに向けるとレインの視線もじっとりとサニーの胸をとらえていた。
「なんですか?」
「なんでもねー。例の怪獣の影響範囲を確認するってのもあるし、できるならお前さんが管理してた魔窟まで行って魔王の登録を解除したい」
俺がそういうとサニーがショックを受けた顔をした。
「ガーン、く、首ですかっ!」
「ちげーよっ! お前の移動のためだ」
昨日サニーが言ってたレインが離れた場合にはサニーだけ残ることになるってあれな。
要はこいつらが今現在何の擬神化なのか、つまり本体が何かってことに関係してる。
星神っていうのはこの世界の幻想種において最上位に位置する存在だ。
その歴史はえらい長いんだが今は割愛する。
日頃、実体を持って飲食して怪我して死んだりするこの星神どもと触れ合ってると忘れがちになるんだが根っこのところは生きた虚構、つまり擬神化を土台にした創作物ってのが正しい。
説明すんのが難しいんだが日本人に一番伝わりやすい言い方をするなら付喪神もどきだ。
付喪神は付喪神で別にいるんだがあいつらと星神の違いはどこにあるかというと星神の場合には時間とともに周囲に認識されるその姿を持って守護する本体と星神としての本体の両方が本体として両立することにある。
ありていに言ってしまえば星神はほかの物体や都市や構造物、状況によっては人間相手に移植もできる。
だから守護対象の変更もできるし売買もやろうと思えば可能だ。
そんなもんで死んだ奴がレイスやゴーストを経由して何かの守護となり星神に昇格するなんてのも結構見る。
他にも付喪神から成り上がった星神なんかもいたな。
話は戻るがサニーは赤龍機構が作り上げた魔窟管理用の星神、通称魔王だ。
当たり前なんだがその実態はラルカンシェルの魔窟であり存在の諸々が直結とまではいかなくても紐づいている。
結果、この都市、正確には魔窟から遠くには動けないわけだ。
ならヒドラフォッグをなんとかできるかというと、正直きつい。
宇宙怪獣はな、等身大で戦う相手じゃねーんだよ、普通。
「お前と俺でお前の魔窟近くまで出向いて本体を変更する。とりあえず変更先の依り代はこれな」
俺はそういって収納からいまいち可愛くない白猫のぬいぐるみを取り出した。
「え、なんですかそれ、可愛くないんですけどっ! 可愛くないんですけどっ!」
「二回言うなよっ! わがまま言うな、お前らの好きなミスティの手作りだぞ」
そこで双子にあーって顔されるあたりがミスティだな。
俺は同じくいまいち可愛くない黒猫のぬいぐるみを収納から取り出してレインの前に置いた。
「こっちはレインのな」
こういった星神を一時運搬するための簡易依り代を赤龍機構ではケージと呼んでいる。
「留守番の間、避難に備えてケージ訓練しとけ」
「自宅警備は?」
「そっちは俺とパスカルに任せとけ。今日は魔窟には潜んねーから接続は切れねーよ」
俺がそういうとしばらくの逡巡の後でレインが頷いた。
サニーはともかくレインはこの建物と敷地以外は擬神化対象から外れてるはずだ。
護れてないってことはそういうことだ。
「つーことで今日の俺とサニーの予定は周辺の調査と釣りだ。まー、しばらくは厳しいとは思うが魔窟まで到達出来たらこのぬいぐるみにうつってもらう」
「ぬー。わかりました」
「さて、皿洗って一息ついたら出かけるぞ」
「マグロ、期待してる」
「いや、無理だからな」
ショック受けた顔しても無理なもんは無理だからな。
取れても川魚がいいとこだろ。
それにしてもよく知ってたな、マグロ。
このあたりには空飛ぶ魚は基本居ない。
皆、最初の頃はあれを見て地球と違う異世界なんだと実感するもんなんだが下が海じゃないとこには魚は飛ばない。
海と空を行き来してるからな、あいつら。
ラルカンシェルの地域はどっちかというと山間の乾燥地帯で海は遠い。
つーことでここら辺では魚が飛んでたりはしない。
「レインちゃん、おねーちゃん頑張っちゃいますね。包丁研いでおいてください」
「わかった」
わかるなよ。
こいつら釣りが比喩だってわかってないな。
『アキラ、フラグ立てましたね』
「立ててねーよ」
いやマジで。
*
「アキラちゃん」
「なんだよ」
爆発する魔獣をかい潜って予定の位置についた俺たち。
周囲を見渡すと乾いた大地に青い空、乾燥した空気が頬をなでる。
ギルドが持ってた情報だとここだったんだがな。
「魔窟さんが迷子になりました」
「ならねーよっ!」
そのとりあえず迷子にする癖何とかしてほしいんだが。
「で、でもありませんよ?」
「ねーな。移動したんだろうな」
通常、地下深く続いている穴と構造物が不意になくなるということはまずありえない。
少なくとも俺の前世、こっちじゃテラとも呼ばれる地球じゃな。
「えっ、魔窟さんって移動できるんですか」
「できなきゃ怪獣相手に役に立たねーだろ」
だがこっちの世界のダンジョン、シークレットガーデンとも呼ばれる魔窟や隠れ里、神域なんかはこんな風に移動することがある。
複数の都市を束ねる国の王都がシークレットガーデン内ってのも結構ある。
この世界の食物連鎖では星神や人より上位に怪獣が存在するからな、星神なんかは逃げなきゃ食われる。
元々、シークレットガーデンってのは今だと星神、昔は古神と呼ばれた連中の巣だ。
間に合わなくて置き去りにすることも結構あるが、怪獣の移動進路にあって移動できるときは逃げる。
その際に近隣住民を全部シークレットガーデンに誘導してから星神とセットで移動させれば避難完了だ。
赤龍機構に新タレントとして魔導が実装される前の運用方法だとこっちの方が主流だった。
「ほえー、魔窟さんって足生えるんですか」
「何想像してるか見当つくけどちげーからな」
実のとこ魔窟の使い方にはもう一つのやり方がある。
怪獣を中に閉じ込めて摩耗させるという怪獣ホイホイとしての利用方法なんだがこれをすると魔窟もろとも星神が死にかねないという諸刃の対応策だ。
封印した怪獣が海からの怪獣だった場合は特定の階層に封印して徐々に弱らせてある程度弱ったとこでとどめを刺したりする。
ただし、怪獣の深度が魔窟の深度、この場合は対応している星神を超えている場合は簡単に食い破ってくる。
大体にして星神は怪獣にとっては捕食対象だ。
あいつらの好物はこの世界の創世神に由来する魔法で星神なんかはそのものだからな。
そんな理由もあって怪獣を封印した魔窟に対応する星神は常に負担と摩耗がのしかかり魔法を行使するためのマナが常に不足する。
それも限界を超えると星神自身を構成しているMPの結合に利用しているエネルギーを消費し記憶のみならず存在が希薄化していく。
そんなことを考えている俺の横でサニーがうんうんと頷いた。
「わかります。こんないいお天気の日にはお散歩したくなりますよね」
「いやな、お前魔窟が自意識持ってるみたいに言ってるがお前が動かしたんじゃなきゃ他の誰かが動かしただけだからな」
「えっ、魔窟さんって自分で動けないんですか」
おい、そこからか。
「お前自身が魔窟の意思だろうが。ラルカンシェル付属の育成迷宮の魔王、サニー」
そこではっとした顔の後でどや顔するな。
「イエス、マム」
あと無駄に敬礼したうえで胸揺らすな。
「お前な。まぁいいがお前じゃないよな、動かしたの」
俺がそう聞くとサニーがガッツポーズをとりながら力強くこう答えた。
「わかりませんっ!」
「だよなっ、わかってたっ!」
くそ、ポンコツの理由がはっきりしてるだけに怒るに怒れねー。
どうしたもんかな。
そんなことを考えつつ視線を乾燥した荒野に向けるとそこそこ進んだ先の位置に川が流れているのが見えた。
「まぁ、今日は下見だしな。サニー、あそこまで行くぞ」
俺が遠い位置にある大きめの川を指し示すとサニーがえーっという顔をした。
「またワニさんがいませんか」
「いても狩ってやるから心配すんな」
俺がそういうとそれでも乗り気にならないのかサニーが両手の人差し指を合わせながら唇を尖らせた。
「その……川に落ちて流されたら大変ですよ」
「いや普通落ちねーし流され……」
俺とサニーに間に沈黙が広がる。
「流されたのか、お前」
「はい。そりゃもう、どんぶらこと」
なんでそういうしょっぱい記憶だけ後生大事に残してるんだ、こいつは。
俺は一つため息をついてから近くに歩み寄ってサニーの顔を見上げた。
「流されたらまた拾ってやるよ。だから心配するな」
「はいっ!」
俺がそういうとサニーは悩みがなくなったのか満面の笑みを浮かべた。
まず流されんなと言いたいとこなんだがな。
「つーわけでサニー、川まで行ってやるぞ」
「水かけっこですねっ!」
「しねーよっ!」
そこでいかにも心外だというショック受けた顔すんな。
俺の方が心外だよ。
「釣りすんだよ、レインにいったろうが」
俺がそういうとサニーははっとした表情をした。
「マグロっ!」
「川でマグロは釣れねーよっ!」
すでに心はマグロ一色なのか小躍りしそうな勢いでサニーが川へ歩き出して早速転んだ。
「えへへ、転んじゃいました」
「怪我してないか」
「大丈夫です」
「ならいいが気をつけろよ。今のお前は実体なんだから怪我から病気にもなるんだからな」
「はーい。アキラちゃんって本当お母さんみたいですね」
「お前な、まぁいいけどさ」
転んだくせに何で嬉しそうなんだかな、こいつは。
『アキラ、今日は釣れますか』
「俺をなめんなよ、何のための自活系タレントだと思ってんだ」
俺がそういうと足元の銃のランプが点滅した。
『前回の釣果は零でしたが』
「だから今日は釣れんだよ、言わせんな」
俺がそういうとパスカルが点滅しながら続ける。
『ご健闘を』
無理だと思ってやがるな、こいつ。
「まっぐろっ、まっぐろっ!」
いや、マグロは無理だからな。