晴れ時々雨。教えてくれよ、魔導馬鹿
それはアイツと通ったいつもの酒場。
俺の目の前には冒険者ギルドのギルドマスターの紋章を胸に付けた高位の魔導士がいた。
そいつは丸い眼鏡を人差し指でくいっと上にあげながら口の端に笑みを浮かべながらこう言った。
「アキラ、結婚しよう」
「断る。あのな、ミスティ。いい加減あきらめろよ、前世ならともかく今の俺は女だっていってんだろ。お前、家名持ちだろうが。もめ事に巻き込まれんのはごめんだっつーの」
こいつの名前はミスティア・サルガタナス・メイザー、俺はミスティと呼んでいた。
東の大魔王の弟子の一人にして両手で数えるほどしかいない深度四魔導士兼Aランク冒険者。
そしてドラティリア連邦にあるラルカンシェルという一都市のギルドマスターがコイツだった。
いいたかないが俺の友にして腐れ縁、というか半分ストーカー。
ルックスだけなら十分に美人だが言動が男じみた、というよりもおっさんだったミスティはよく俺とつるんでいた。
「知ってる」
「なおたち悪いわっ!」
俺はジョッキをドンとテーブルに置いた。
「大体、お前俺に惚れてとかいってるけど、本音は自分に何かあったときに娘たちの面倒見てくれる相手が欲しいだけだろ」
「それもある。アキラだってよく知ってるだろ、あの二人は」
ため息をついた俺をにやにやしながら見つめるコイツが俺は苦手でもあった。
「そりゃ知ってるさ。ラルカンシェルがリニューアルした時に魔窟の試運転に付き合ったからな」
「なら問題ないよね」
「あるっつてんだよ、話聞けよ。大体にしてだな」
俺はジョッキの中身を再び口に流し込む。
苦い酒の味が口に広がった。
「お前が自分で娘たちのとこに帰れよ」
「もちろんそのつもり。新作魔導の試運転が終わったらね」
そういってミスティもジョッキを煽った。
「なぁ……ミスティ」
「お、その気になった?」
「ならねーよ。こんだけ断っても食い下がってくるとか変態かお前は」
俺の煽りにミスティが浅く笑う。
「それでもかまわない。私が本気で惚れた相手がアキラだっただけだもの。私の出身のロマーニじゃ同性婚は合法だしお師匠さまに頼めば子も作れる」
「お前ら魔導士相手だと倫理観が足生やして逃げ出すな」
俺がそういうとミスティは再びジョッキを口に当て中身をあおった。
「倫理片手に亜人は殺せないだろ」
「確かにな」
ゴブリン、オーク、オーガ、マーマン始め好戦的な亜人。
人間を由来とするそれらの討伐に駆り出されることも多かった俺たちは否応なく顔を合わせることも多かった。
そしてミスティのつまらない愚痴に付き合うのもいつものことだった。
しばし言葉もなく酒を飲み進めた後でミスティが俺を口説く。
「次の戦いが終わったら結婚してよ」
「フラグ立てんじゃねーよ」
俺の軽口にミスティが笑う。
「トライはそのフラグって単語が好きだよね」
「お約束だからな。口先で結婚するとか言うと死亡フラグなんだよ」
「ふーん、たしかテラの風習だとフラグは立てすぎると折れるんだったけか」
「風習じゃねーよ」
呆れる俺にミスティが冒険者カードを操作して収納空間から紙の束を取り出してきた。
「おい、なんだこれ」
「万が一の時にアキラに権限を委譲するための各種書類。一番下には婚姻手続きの用紙が入れてある」
「しれっと入れんな! つーかお前、自信ねーんじゃねーか」
「自信はあるよ。先輩にも確認してもらった魔導式だからね。けど、世に絶対はない。それに相手は大怪獣レビィアタンの分体だ。親友に書類を預けておいてもおかしくないだろ」
「ったく、わかったよ、コイツは預かる。けど忘れんなよ、預かるだけだからな」
俺はそういって紙の束を受け取った。
「ああ。あんたになら心配なく預けられる」
「それもフラグだっつーの」
そういって俺たちは笑いあった。
その後、それぞれの要件で別れた俺たちが生身で出会うことはなかった。
天に届かんばかりに積み上げたフラグはミスティの天国への階段へと変わった。
未婚の冒険者は家に動物を飼うな、古くから言われる冒険者の心得の一つだ。
いつ死ぬかわからねーからな。
ならよ、怪獣被災地として封印された都市に子供のようにかわいがってた娘達を置き去りにするしかなかった冒険者はどうすりゃよかったんだろーな。
教えてくれよ、魔導馬鹿。
人に押し付けやがって。
*
木造のその建物は古びてはいたが玄関口を見る限りは清掃は行き届いていた。
「思ったほどは汚れてないんだな」
「母が作った清掃魔導具があるから」
俺の質問に淡々と答えたレイン。
ミスティの魔導具か、あいつ魔導具作りは苦手な方だったよな。
そんなことを考えていると目の前にいたサニーの腹のあたりから音がした。
「レインちゃん、あの……ご飯は?」
顔を見合わせた姉妹。
「さっき贈呈した」
「ですよねー」
ご飯ってさっきのヤモリか。
「お前ら、マジであれを食べてたのか」
「あたりまえじゃないですか」
そういって胸を張ったサニー。
その横にいたレインが小さく首を振った。
「姉、それは正しくない。他にも食べてたものがある」
だよな、いくら何でもあれだけとかはねーよな。
「水で濡らしたテッシュとか、トイレットロールとか」
どこの赤貧家庭だ、お前らは。
いや、むしろトイレットロールがあるって普通だとかなり金持ちだぞ。
木材チップはともかく魔導機と潤沢なマナがねーとつくれないからな、アレ。
「あ、サニーちゃん。もしかして最後の一ロール食べちゃいました?」
「大丈夫、まだとってある。アキラも食べる?」
「食べねーよっ!」
そうか、妹の方は俺のことぎりぎり覚えてたか。
「まぁ、玄関口でもいいがとりあえず上がってもいいか。つーか台所借りるぞ」
「あ、はいっ! 御台所はですね……」
「そっちな」
「あれ、なんでわかるんですか」
「気にすんな」
サニーに構わずに台所の方に移動する。
もう何年も前に入ったきりのその場所は痛んだり壊れたりした場所が多く目立ってはいたが辛うじて調理場の体裁は保っていた。
俺が入るのについてくる形でついてきた銀髪の姉妹が後ろでひそひそ話をする。
「ねぇ、レインちゃん。もしかしてアキラちゃん、私達にも分けてくれたりするのかな」
「一度献上したものは見せたらあとはごっくんだと思う」
猫か、お前らは。
ポンコツ姉妹の会話を無視しながら俺は台所の機能を確認する。
魔導大国ロマーニからの技術をふんだんに採用したミスティの家のキッチンは機能面だけでいうなら地球における日本のシステムキッチンとほぼ変わらない。
差といえば冒険者だとカードに収納機能を持ってるから冷蔵庫の類が少な目なくらいだな。
そんなことを考えながら魔導で動く保冷庫の扉を開くとそこには何も入ってなかった。
ま、あったらここまで欠食児童にはなんねーよな。
「せめてしっぽの方だけでもちょっともらえないかな」
「それは強欲。前足の欠片が妥当なラインだと思う」
「お前らヤモリから離れろよ」
水は出るんだな。
熱を発生させる類の機器類は動かないと。
「なぁ、レイン。この家の魔導機ってうごいてないのか」
「んっ」
むしろ逆だな。
「玄関の明かりや水道とかよく動いてるな」
「そっちはレインが奇積で維持してる」
「そうか」
奇積、奇跡じゃなくて奇積な。
確かミスティは世界に跡を残すのではなくて奇妙を積み上げるからだとか言ってたっけか。
一般的にはこの世界の固有幻想種、星神の技なんだが、たしか都市神のレインの能力に限りこの屋敷では予備電源扱いで動くようにできてる。
そんでもってこの姉妹は星神で魔王と都市神はそれぞれが受け持ってる仕事だ。
「熱系はブレーカが飛ぶ」
「やっぱそうか」
魔法の一種、因果改竄能力である奇積の実施にはそれなりの代価を必要とする。
一般的には信仰や感情が紐づいたマナ、もしそれも足りてないときには星神の存在維持に使用されているMPそのものが摩耗し散逸する。
今のこの都市、廃棄都市ラルカンシェルで信仰を集めるのはまず無理だ。
結果、過度の使用による副作用として記憶が飛んでいく。
自分では家に帰れなくなるほどにな。
「あれ、ねぇ、レインちゃんとアキラちゃんってもしかして知り合い?」
首を傾げたサニーに視線を合わせたレイン。
「んっ、知り合い」
「そっかー、だったら私も知り合いだったのかもですねー。えへへへ」
知り合いだった、か。
「いいからお前らちょっと下がってろ」
二人が頷きながら下がったのを確認してから冒険者カードの収納から獲物を取り出す。
ドガっという音とともに出てきたのは前もって血抜き処理と同時に切り分けておいたフォレストアリゲーターの部位と猛禽類の魔獣。
切り口は少し焼いてあるがどのみち冷凍なしだと長持ちしないから早めに食ったほうが良いだろ。
収納内に冷蔵魔導機は持っちゃいるがこんだけでかいとはいんねーしな。
「あ、私が食べられたワニさんですね!」
「言い方っ!」
「なるほど、それで姉の服がボロボロに」
「そうなんですよー」
なぜそこで照れる。
「もうないよ、服の予備」
「えー、そうでしたっけ」
「んっ」
ないのかよ。
寝る前にでも裁縫で直しておくか。
「いいからちょっと黙って下がってろ。パスカル、魔熱調理器に干渉できるか」
『可能です』
俺の質問に答えたパスカルにレインがちょっとだけ驚いた表情を見せた。
「それ、もしかしてアキラの神銃?」
「よく覚えてたな」
「覚えてはいない。毎日、日記を読み直してる。昔の日記に書いてあった」
「そうか」
そうやって記憶の損耗に対応してきたんだな。
俺は血抜き用に突き刺していた魔導具をワニと鳥から外すと動作を切る。
針の反対側についてる小さい丸い部分に液体が溜まっているのが見えた。
どう見てもリットル単位の血液が入る大きさには見えないんだが、入るんだよな、この魔導具。
「吸血針?」
「正解。危ないから近づくなよ」
便利すぎて暗殺にも使えるということで使用するには所属都市の冒険者ギルドの許可がいるが、持ってて損はない品の一つだ。
下手な家より高いけどな。
魔獣の血液は調剤にも使えるからしばらく使ってれば元はとれるし、万が一の時の緊急医療時の輸血にも使えるんで持ってる奴は多い。
悪用がばれた場合には一発で冒険者カードがロックされ冒険者としての特殊技能、タレントが使えなくなるどころかカードにためてた全資産没収の上に犯罪者として除名処分される。
倫理とか以前にぶっちゃけ割が合わねーから普通のやつはやらねえ。
そんなことを考えながら同じく泥抜き用にワニに張り付けていた自動洗浄の魔導具も外してからそれらを慎重に収納空間にしまう。
初心者あるあるで魔導具の使い方でうっかり死んだなんてのはよくある話だからな。
さて、血抜きと泥抜きもちゃんと終わってることだし捌くか。
「あと心配しなくてもちゃんとしたものくわせてやるからマジでこっちよんな」
「い、いいんですか?」
「まーな。つーか俺も腹減った、向こうで準備しててくれ」
「んっ」
やっとおとなしく台所から離れてくれた姉妹。
『アキラ、食材が宙を舞わない普通の料理をすればいいのでは?』
「めんどくせーし時間かかるだろ。こい、チューティア」
俺の服の襟元にいたチューティアが一瞬透明になってから俺の中に入り込んできた。
頭の上に鼠の耳が生えると同時に五感に入ってくる情報量が一気に跳ね上がる。
アンクルホスルターから銃を取り出しながら宣言をする。
「パスカル、対物セーフティを解除。ソードモードチェンジ」
『解除しました。ライトニングブレード、オン』
銃の形が切り替わり銃口部分から雷の刃が出現する。
『アキラ、手早くきらないと素材が焦げますよ』
「わかってるつーの、出力ミニマム。調理開始だ、いくぞチューティア」