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「ねぇ、マユミ、幽霊って………信じる?」

 私が喫茶店の席に着いたとたん、学生時代からの友達は奇妙なことを口走った。顔が青く、以前に比べて心持ちかやつれてしまったようにも見える。髪の毛も所々のほつれが目立つ。

「はぁ?幽霊?信じるわけ無いじゃん」

 そう答えて、私は水を持ってきたウェイトレスにケーキセットを注文した。サキは

「じゃあ私も」とケーキを追加注文する。見た目は多少やつれてはいても、さすがサキ、食欲だけは変わらないようだった。

「もうつわりは平気なの?」

 ウェイトレスが去った後、私は首をかしげてサキを見た。この前会ったときは、何も食べられなくて死ぬ死ぬと騒いでいたのに。

「うん、おかげさまで」

 サキは笑って大きく膨らんだ腹を撫でた。ケーキでも焼いているのか、店内に甘い香りが充満している。

「最近ね、私が笑うと一緒に動くようになったの。かわいいでしょ。胎教で音楽とかも聞かせてるんだけど、将来……」

「で、幽霊って?」

 私はサキの話を遮って言った。どちらかと言うと気になるのはそちらのほうだ。大体、顔も見えないのにかわいいも何も無いだろうが。

 幽霊、そう幽霊なんだけど、とサキはとたんに真剣な顔になった。

「最近ね、家の中を夜になると歩き回る足音がするの」

「聞き間違いじゃなくて?」

 サキに一番ありそうなことだ。違うんだってば、とサキは頬を膨らませ、いいから聞いてよ、と話し始めた。


 サキの話を要約すると、大体次のようだった。

 事の起こりはちょうど妊娠したころ、だから10ヶ月ほど前のことだった。足音は、最初は家の外から始まった。ある朝、茶色く泥で汚れた足跡が二件先の道路に沢山付いていたのだ。ちょうど大きさは子供くらいで、指の跡がはっきり残っていることから素足だろうと思われた。だから最初は、サキも気にしていなかった。どこかの子供が遊んだ跡なのだろう、と。

 しかし、その足跡が毎日続き、それどころかだんだん家に近づいていることに気づき、サキは不気味に思った。それでもこの段階では、子供が遊んでいるだけだ、気にしすぎだろうと思って対策は取っていなかったのだ。

 しかしその後、足音は突如家の中を歩き始めた。最初は玄関を、次に廊下を、素足の音を立てて歩き回るようになったのだ。サキが怖くなって寝ていた夫を起こし、見に行ってもらったが、その時には足音はもう収まっていたせいか、

「何も無い」と言われて取り合ってもらえなかった。しかし、翌朝起きてみると、床といわず壁といわず、びっしりと茶色い跡が付いていた。

 やがて、ついに足音は寝室内を歩き回るようになった。ぱたぱたと一晩中すぐ近くで響く足音にサキは怖くて一睡も出来なかったが、隣で夫はぐうぐう寝こけていたそうだ。

 しかし、さすがの夫も朝起きてみて自分たちの寝室に汚れた足跡が大量についていたのには驚いたようで、その日のうちにお札をもらってきて寝室の四隅に張っておいた。

 そのおかげか、そのあとぷつりと足音は無くなった。


「ならよかったじゃない。お札なんて胡散臭いけど。」

 と私が言うと、

「だから!人の話は!最後まで!聞いてよ!」とサキはテーブルを叩いた。話している最中に届けられた紅茶のカップが、白いレースのクロス上で揺れる。

「最近また来るようになったんだってば!」

「ふーん」

 そう言って私はシフォンケーキを口に運んだ。もちろんクリームをたっぷりつけてだ。

「な、何でそんなにどうでもよさそうなの!?人が真剣に話してるのに!」

 だってどうでもいいし、とは言えない。

「前回何事も無かったんならさ、今回だって平気なんじゃない?」

「そ、そりゃそうかもしれないけどさー、でも、何かあってからじゃ遅いじゃん!」

「まあそうね」

 冷めてきた紅茶で口の中の甘さを流す。ちょっと渋い。

「夫はその足音を聞いてるの?」

 私が訪ねると、サキは首を横に振った。

「気のせいだろう、って。出産前だから不安なんだろうとか言ってるの」

 だから違うのに、とショートケーキのイチゴをフォークの先端でつつく。

「でもお札貼ってるんでしょ?だったら平気なんじゃないの?」

 まあそんなものに本当に効力があるなんて私は信じないけど、というか足音の存在から信じてないけど、と思いつつ言うと、サキは困ったような顔になった。

「うー…そりゃ貼ったけどさぁ……やっぱり心配じゃん!」

 気分は分からないでもない。確かに心配だろう。

「この前だってさあ、女性の死体が家のすぐ近くで発見されたんだよ?もう引っ越そうかな……」

「いやいや、まだ家建てたばっかでしょうが」

「そうだけど、これ以上あの家に住みたくないよー」

 ずずず、と紅茶をすするサキ。砂糖壷を手にとって、すっかり冷め切った紅茶に山盛り3杯の砂糖を放り込む。入れすぎなんじゃないかと思ったが、やはり私の知ったことではない。

「でもあれじゃないの、無闇にその足音が有害だって決め付けることも無いんじゃない?単に歩いてるだけかもよ?」

「まぁ、そういうこともある、かも、しれないけど……」

 ざりざりとカップの中をかき回し、サキは釈然としない顔をしつつも、それでも私の意見に頷いた。

「心配しすぎだって。大丈夫よ」

「そうかなぁ」

 サキは何かを思い出すように斜め上を見る。釣られて私も見たが、ただ大きなファンがくるくると回っているだけだ。

「そうよ、きっとそう」

 私は笑って、サキの肩を叩いた。彼女の夫の意見に賛成だ。きっとサキは疲れているんだろう。だからこうしてたまには休んだらいい。そう思って、私は話題を変えることにした。

「ねえ、子供の名前ってもう決めたの?」

「ん?」

 サキはふと顔をこちらに戻した。唇の端にスポンジの欠片がくっついている。

「えーっとね、んーとね、まだ男の子か女の子かも聞いてないし、いろいろ考え中なんだけど、ナイトとか、エルフとか、どうかなーって思ってる」

「は?」

 思わずまじまじとサキの顔を見てしまった。正気か?

「だからぁ、えるふとか、ないととか、あとはー、ごっどとか?」

 楽しそうに指折り数えるサキ。

「それは止めたほうがいいと思うよ。止めなさい今すぐ」

「ええ?なんでよー?可愛いじゃん」

「どこが?……あんた馬鹿?」

 いや馬鹿なのは昔から知っていたけれども。でもここまでとは思っていなかったんだ。

「馬鹿じゃないよぉ〜」




 その後私たちは他愛無いおしゃべりをして、それから別れた。







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