2_23.レーヌの港へ
ガルディシア帝国 帝国歴227年 5月23日 午前10時
「ええ、左様にございます。陛下。そこにお座り下さい。」
独楽鼠のようにゾルダーは動き回っていた。
今日は、初めて皇帝陛下が公式にニッポンと画像通信を行う日だった。公式には後日改めて日本の首相との会談を行う予定ではあるが、それに先立ち、外務省との陛下との会談が行われるのだ。表向きは外務省との会談だが、本当の理由は以前やらかした外務省職員拉致未遂に関する謝罪の件だった。皇帝ガルディシアIII世は未だ見知らぬ機械への期待や興奮と、皇帝たる自分が謝罪しなければならないというジレンマに陥っていた。
「余は準備出来たぞ、ゾルダー。まだか?」
「先方から連絡が入ります。その際に、このボタンを押して頂ければ、会話が始まります。」
「その説明は先程も聞いた。その連絡とやらが来ぬ。」
と、その時にモニターが付いて着信を合図するマークが画面に表示した。時計を見ると予定の時間にピッタリだった。ほっとしたゾルダーは、皇帝にボタンを押す事を目で合図した。
「こ、こうか?これで良いのか、ゾルダー?む、向こうに顔が映っておる!」
「ガルディシア皇帝陛下に於かれましては、ご機嫌も麗しいご様子と存知奉りまして、誠に結構なことと承ります。」
ゾルダーは轟の声と全く感情を表さない表情を見て軽く戦慄していた。陛下が直ぐに謝って頂ければよいが…
「堅苦しい挨拶は良い、外務省のトドロキ女史よ。久方ぶりであった。健勝であったか?これは中々に便利であるぞ、大変素晴らしい。」
「お気遣いありがとうございます。時間も余りありませんので、予定の進行を進めさせて頂きたく。」
「そうか…。そうであろうな。トドロキ女史よ、何時ぞやは済まなかった。では進めるとしよう。ゾルダー、ここへ参れ。」
え、これで終わり?いやまぁ謝ったのは確かに謝ったとも言えるが…と思いつつゾルダーは、皇帝の傍に行った。
「ゾルダーです。トドロキさん、こんにちは。それでは今後のスケジュールについて…」
と、背後でバタバタと煩くなった気配がしたので、後ろを見ると青ざめた顔をした海軍大臣が、こちらに目配せをしていた。直ぐにゾルダーが席を立ち、大臣に近寄ると大臣は言った。
「大至急の要件だ。陛下にすぐに報告したい。だが、今話すとニッポンにまで情報が流れるのであろう?あの場所から陛下を引き離して貰えるか?」
「承知致しました。」
ゾルダーが皇帝に話しかけ、険しい顔で皇帝は席を立った。皇帝の代わりにゾルダーがトドロキの対応をした。そして離れた皇帝の元に海軍大臣が駆け寄る。
「陛下、エステリアに潜入していたホルツ作戦団が壊滅しました。」
「なんだと?未だ引き上げて居なかったのか?」
「海戦終了後に海峡に派遣していた艦隊が引き上げた結果として、ホルツ作戦団の引き上げタイミングを失しました。その為、ホルツ作戦団を回収する為の船を手配して、エステリアに向かわせておりました。しかし、エルメの海岸線を防御していた騎兵団に発見され、そのまま摘発されそうになったので全員自害、との事。」
「むぅ…いや、今動くのも何等かの動きも不味い。だが、特殊作戦団を二つも失うのは痛い。エルメ海岸以外に回収可能な場所は無いのか?」
「エステリア北側の港は全て軍港ですので…中央のエルメ、そして南のレーヌ。可能なのはレーヌ辺りでしょう。第三国の漁船を装ってレーヌまで入り、そこからブルーロ作戦団を回収するのが宜しいか、と。」
「うむ、そうしろ。ブルーロ達に連絡は付けられそうか?」
「ブルーロへの連絡は、ホルツを経由しておりましたので…ただ、港のどこかに符丁を記しておけば、あるいは。」
「うむ、大臣。無事に回収が終了次第、報告せよ。」
そしてガルディシア帝国は潜入していたブルーロ作戦団の回収の為、レーヌに向けて偽装漁船を送り込んだのだった。
偽装漁船は3日をかけてレーヌに入港した。
入港した日は5月26日夜、つまりブルーロ達がバケモノと戦っていた頃だった。