2_21.騎兵隊長ギュダンの指示
エステリア王国東部 アルスランの町 帝国歴227年 5月27日 7時
ギュダンの悩みは杞憂に終わった。…悪い方向に。一行は一度街道を戻ってアルスランに向かった。ギュダンは保安部隊を皆殺しにすべきか、選別して殺すか、それとも様子を見るか悩みぬいた挙句に、先ずはアルスランに戻る事を選択した。そしてギュダンは騎兵達にある指令を秘かに出した。
一行がアルスランに戻る途中で夜明けを迎えた。陽光を浴びた保安部隊のうち数人は、まだ自分が人間である自覚があるにも関らずに、自らの身体に異変が起きた事を認識した。異変とは、自分の皮膚から手足から煙が上がり始めたのである。
「え!え??えええ??なんだこれ、なんだこれ!??!」
「痛ぇ!突然痛くなってきた!!痛ててて!!」
「俺の手から煙が!??う、痛い、痛い、痛い!!!」
腕から煙が上がった者に対し、ギュダンは即座に腕を切り落とした。…だが、腕が切り落とされた男は運が良い方だった。顔から煙を上げ始めた男、胸から煙を上げ始めた男…致命的な場所から発煙した彼らは既に手遅れだった。騎兵達が手遅れと思われる者達を銃で撃ち殺して回った。ギュダンは、致命的と思われる者を即座に射殺する様に騎兵達に指示をしていたのだった。
結局、保安隊は7名が即座に射殺、3名が四肢の何れかを切断した。陽光を浴びても問題の無い者達はあの山怪に汚染されていないと見なしその状態でアルスランへと戻った。つまり、ボーパル大尉が狙った扇動者捕獲または殺害という目的を果たす事も出来ずに戻ってしまった。アルスランへ保安隊を届け、そのままアルスランに残っていた騎兵部隊に南方の街に警戒指令を流すように指示を出し、長い夜は終わった。
エステリア王国南央部 エランの町
ブルーロとオットーは陽光を浴びて起きた。
どうやら無事だった。馬も無事のようだ。他の連中は大丈夫だろうか…ま、あいつ等なら大丈夫だろう。
まずはエランの街に入り、旅人を装って飯の調達だ。情報を集めたら、直ぐに南下して今日中にリーロの街を経由しローリトの街まで進む。ローリトで馬を変えて進めばレーヌ迄は明日中に行けるだろう。
その前に身なりと馬を何とかしなければな。騎兵の馬だけあって、色々と装飾が付いている。この装飾を全て剥いで森の中に捨て、騎兵の痕跡を消した。さて、朝からやっている飯屋があれば良いが…
「オットー、エランの街に行くぞ。」
「了解です、大尉。」
「街中入ったら大尉は止めろよ。まず情報収集、飯、馬をもう一頭、そして装備を整えて移動だ。出来れば今日中にローリト迄行く。」
「馬買うのと駅馬車とどっちが安いですかね…」
「安くても行動が制限されるのは避けたい。そうだ、お前幾ら持ってる、オットー?」
「ちょうど1,200フィエルですね。あと金目の物は一切無いです。」
「俺が4,300フィエルで、二人で5,500フィエルか。ここらの相場が分からんが、アルスランと同じ位であるならば…馬1頭で3,000フィエル位だろうから、恐らく間に合うだろう。ああ、そうか。レーヌで船を借りる事を考えると…厳しいな。」
「大尉、一応駅馬車の時間と値段も調べておきますよ。」
ブルーロはローリトで馬を変えるつもりだった。だが、その際にも馬を買わなければならない。
そうすると手持ちの金では完全に予算オーバーだ。…出来れば駅馬車は避けたいが、背に腹は変えられん。一応、非常用のガルディシア金貨を持っては居るが、流石にこの辺りでは使えない。闇の換金屋が居ればなんとかなるが、こんな田舎町にそういう便利な奴が居るとは限らない。いや…この街並みなら居らんだろう。つまりは今ある金を使って正攻法で購入しなければならない。その際、足がつくことも避けて購入しなければならない。こいつは意外に難易度が高いぞ…結局エランの街で二人がバラバラで調べて合流し、飯を食いながら情報を交換した。
「隊長、田舎って物価高いですね…馬1頭、4,500フィエルです。しかも、くったくたの農耕馬ですよ…そもそも売っている馬自体が少ないです。」
「隊長もよせ。ブルーロさんで良い。しかし高いな…駅馬車はどうだった?」
「駅馬車は一人の値段が、リーロまでは600フィエル。ローリトまでは800フィエル、レーヌまでは1,500フィエルです。つまり二人で移動なら、レーヌまで3,000フィエルですね。」
「レーヌまでは何日位かかる?」
「今日中に出発でローリトまでは1日。レーヌまでは3日です。」
「やはり長いな…レーヌまで行けば、闇市やら裏町やらがあるだろう。そのレーヌにモグリの両替商でも居れば、この金貨を換金するなり、支払いに使用するなりで船を確保出来る。金は何とかなりそうだが、移動に時間がかかるのは不味いな。」
「隊ちょ、ブルーロさん、そもそもここに馬が居ないですから。ちなみに駅馬車は出発10時なんで、もう直ぐに出発です。」
「仕方が無い、駅馬車の支払いはどこでする?駅馬車でレーヌまで行くとしよう。途中ローリトの街に良い馬が居れば乗り換える。」
「森に繋いだ馬はどうします?」
「時間があれば、売り払いたいが…あれから足がつくのも避けたい。このまま行く。」
「了解です。行きましょう。」
ブルーロとオットーは駅馬車に乗り、エランの街を後にした。アルスランから警戒情報を持ってきた騎兵は、その6時間後にエランに到着し、街の保安隊に連絡するも、既に捜索すべき彼らはもう居ない。しかも、どんな人相風体か分からない。二人は誰にも怪しまれる事無くリーロの街に向かった。