2_19.散り散りの部隊
騎兵隊長ギュダンは目の前の光景が信じられなかった。
先程まで陣頭指揮を執っていたボーパル大尉はもう居ない。居るのはボーパル大尉の形をした何者かだ。その何者かは保安部隊によって銃撃を受け、穴だらけになったにも関わらず、動き回って次なる獲物を物色し、別の保安隊員に乗り移った。そして撃たれ、別の犠牲者に乗り移り…
信じられない光景を目の当たりにしつつも、ギュダンは指揮をした。
「囲め!それを囲め!!絶対近づくな!!保安隊!!発砲控えろ!撃つな!!残りの油を全部こいつにかけろ!!全員ここに集合だ!後方の連中を呼んで来い!!ここでこいつを焼き尽くすぞ!!」
こいつは身体を撃たれたら、撃たれた穴から体液をだらだらと流しだしている。この体液が全て流れ出たらどうなるんだ?全て体液が流れ出てしまえば、動けなくなるのではないか?だから、ボーパルに乗り移った時にあんな爆発をしたのではないか?あの爆発の射程はどれほどだったか…
「それから5m以上離れろ、乗り移られるぞ!追加の油は未だか!!?取り囲んで油をかけろ!直接かけなくてもいいぞ!地面にかけてもいい!!だが、発砲は絶対にするな!」
他の防衛線をガードしていた保安部隊も全員この修羅場に集まった。後方に置いてあった油も全てここに集めた。あとはこいつを焼き尽くすだけだ。
「よし、油をかけろ!!焼くぞ!!」
ブルーロとオットーの二人組は街道傍に燃え上がる炎の壁が切れた辺りまで進み、そこから街道に出た。既に辺りは炎も無く真っ暗だった。その暗闇の中から、何かが近づく音がする。ブルーロは身構えながらオットーに聞いた。
「オットー、アレは?」
「…違います。普通の動物の様ですね…馬だ。」
闇から現れたのはエステリア騎兵の馬だった。
恐らく、あのバケモノとの戦いで馬だけが逃げて来たのだろう。馬自体も暗闇で一匹で歩くのは怖かったらしく、人間を見た瞬間にこちらに寄ってきた。ブルーロは馬の首を撫でながら、にやりと笑った。
ギュンター達四人組は、沢で小休止した後に活動を再開した。残りの武器は、4人で小銃が2丁、拳銃が2丁、手榴弾が6発。弾は小銃が40発、拳銃弾が120発。これではあのバケモノはおろかエステリアの保安隊と会っても対抗出来る訳がない。何より痛いのが食料を一切合切失ってしまった事だ。唯一、水だけは先程の沢で補給していたが、夜だけの移動をするならば、食料の確保も難しい事になる。既に動き始めてしまったがどうするべきか…
「このまま夜移動を続けると不味いな。あのバケモノの件もあるが、その前に夜の移動を許さない状況だ。既に食物が無いのに、夜の移動だと食料確保も出来ない。ここは昼の移動に切り替える。少し進んで休める所を探そう。日が昇ってから移動する。」
「バケモンはどうします、少尉?」
「来たら来た時だ。残り弾も少ない…逃げの一手になるな。どの道、このままだと俺達は数日で動けなくなる。」
「了解です。では陣地構築しますか。」
「頼む。朝まで休むぞ。」
ヴァルターとエドアルドの二人は、二人は自分の服に木や草を纏い、顔に泥を塗って潜み、エステリア保安隊と騎兵の動きを観察していた。街道の炎の壁は大分低くなり、火の勢いは弱まっていた。あのバケモノを中心に大きな円のように保安隊と騎兵が取り囲み、火と棒で牽制しつつ、近寄らないでいた。
「どうやらあのバケモノは火に弱いようだな…」
「曹長、爆薬まだ持ってますか?」
「おう、あの時全部は設置しなかったからな。まだ多少は残っているぞ。といっても2、3発程度だが。」
「そうですか…最悪あの連中が仕留め損なったら必要かもですね。」
「今の所、状況的にはエステリアの連中が殺れそうなんだよなぁ。なんとか共倒れしてくれねえかな。」
「あのバケモノ、穴が開いたら乗り移ってますよね?もしかして身体に穴が開いたら、乗り移らないと死ぬとか?」
「お前も気が付いたか。それとな。今まで乗り移ったら、森に逃げ込む様な気配だったが…あの指揮している隊長に乗り移ってから、どうもバケモノの動きが変わった感じがするんだよな。」
「ま、エステりアの連中もあれだけ人数居ますからね。多分あのバケモノも直ぐにあの連中にやられるでしょう。」
「それまでにもう少し兵を減らして貰えると有難いな。じゃないと俺達も脱出出来ねえぞ。」
「それですね…少なくてもあれの半分以下にならないと…残った兵力がこっちに向かう事を考えると厳しいっですね。」
と、エステリア兵の包囲の輪で再び炎の柱が立ち昇った。