2_18.ボーパル大尉の最後
ボーパル大尉は山怪を捕縛する可能性と焼き殺す可能性を比較した。…捕縛出来る可能性が見えない。可能性なんぞ無い気がしてならない。直ぐに持ってきた残りの油をあの山怪周辺にまき散らし、焼き殺す方向で決意を固めた。山怪は油を危険なものと認識していないのか、避けようともしない。
「全員下がれ!火を付けるぞ。絶対にアレに近寄るな!…よし、着火しろ!!」
ボウっと最初に小さくついた火は瞬く間に山怪を中心に燃え上がった。だが、それだけでは無く火の壁用として地面に流していた油にまで燃え移った。その為、街道の10kmは一気に煌々を明るくなった。
「ちっ、ここまで熱いな。もっと下がるぞ、エドアルド。あいつ等があのバケモノを片付けてくれそうだ。だが、そうするとバケモノが終わったらこっちに来そうだな…今の内に体力を整えて、逃げる準備整えておけ。」
ヴァルターとエドアルドは、警戒線から更に後退して潜んだ。
件の山怪は、燃えながら身を捩らせていた。果たして効いているのか、効果はあるのか?今の所判断は出来ない。ごうごうと燃え上がる動く松明と化した山怪は、保安部隊に近寄ろうとするが、兵が持っている棒で牽制されて近寄る事が出来ない。
「よし、このまま燃え尽きるまで牽制しろ!それまでは絶対に近づくな!!まだ油あるか?消えそうになったらぶっかけろ!!」
ボーパルは、どうやら山怪の方はこれで始末出来たな、と思った矢先の出来事だった。山怪は燃えながら指示を続けるボーパル大尉を見ていた。
あれが皆を指揮している。
あれになればこの炎は終わる。
あれにならなくては。
あれを奪おう。
この山怪にとっても賭けだった。
自らを射出する。発射口は口だ。全ての内圧を高めて集中する。その間にもジリジリを身体が焼かれて、自らを失ってゆく。もう耐えられない、あれを奪わなくては。今すぐに!
最後にボーパルが意識したのは、山怪に対する勝利の感情だった。勝ち誇った矢先に山怪は爆発し、その塊が真っすぐにボーパルに飛び込んで来た。ボーパルは溶かされ、ボーパルの形をした何かになった。
エバーハルトは火炎がそのまま街道に沿って走るのを見ていた。不味いぞ、あの火の壁は森と街道を遮断している!このまま森から出られない。
「カール、エルンスト!!火で街道に出られない。迂回するぞ!」
「曹長!待ってくれ。街道に人が一杯居るぞ!」
「ありゃ保安部隊だな…街道を固めてんのか?」
「どっちにしても街道に出られんな。だが…」
よく見ると保安部隊は大混乱に陥っていた。多分、アレがアソコに居るんだろう。アレは人を襲う。それにはガルディシアとエステリアの区別なんざ無い。保安隊が出張っていたのは予想外だったが、まだツキはありそうだ。
「この炎の壁に沿って南に下るぞ。あのバケモノが上手い事、保安部隊を始末してくれると良い。あとは、何とか他の仲間と合流出来れば尚良いが…」
「ぼ、ボーパル大尉!!!」
既にボーパル大尉の形をした何かは、大きく息を吸っていた。失った自らの身体をボーパルの血肉で補う。もう大丈夫だ。それにしても、ここは開けていて自分には不利だ。森の中に戻りたいが、炎の壁がそれを阻む。それより何より、自分を取り囲む人間達が邪魔をする。それは怒りを覚えていた。
この自分のエサに過ぎない連中は、身の程知らずにも自分を取り囲み、自分を滅ぼそうと悪意を向けてくる。この人間達はここで逆に滅ぼしておかないとならない。
「ぉ…お…お前…たち…は…み…皆…殺し…だ…」
それはボーパル大尉の声で取り囲んだ保安部隊の皆に言った。その声が引き金で回りを取り囲んでいた保安部隊は撃ち始めた。恐慌状態で引き金を引く保安隊の射撃はボーパルの身体に幾つもの穴を開けたが、それはどろどろとした液が流れ始めた瞬間に飛び掛かった。そして混乱と乱戦が始まった。
ブルーロ大尉はオットーと南下を続けていた。と、そこに街道側と思われる方向に火の壁が立ち上った。火の壁は延々と続いていた。…なんだこれは?
態々俺達を補足しようとするエステリアの連中でも。数キロに及ぶ火の壁を作ろうなんざ正気の沙汰じゃない。とすると、俺達が相手ではない手段という事か。あのバケモノ対策なら分かる。森から出さないようにする為だ。だとすると、この辺りでは知られた存在なのか?いずれにせよ、森から出さないという事は街道に沿って火の壁が作られる筈だ。
逆に言うとあの火の壁がある場所が街道だ。進むべき道が分かったぞ。
「おい、オットー。あの気配あるか?」
「いえ、感じないです。」
「あの火の壁の方向が多分街道だ。つまり、あいつはあの壁辺りに居るだろう。多分だが、エステリアの連中がアレを街道で狩っているに違いない。あの火の壁の延長線上辺りに行けば街道に出るに違いない。」
「早速行きましょう、ブルーロ大尉!」
お互い1秒だってこの森に居たく無かった。
あの火の壁を見て、部隊の他の連中も生きていれば向かうだろう。この地獄のような状況で、初めて希望が見えてきた二人だった。
ギュンター、ヨーゼフ、ハンス、テオドールの四人組からは炎が見えなかった。何故ならば、漆黒の森の中にある小さな沢がある谷に降りていたからだ。装備を全部失って命からがら逃げた彼らは、この沢で小休止を取っていた。小さな谷には銃声も、燃える匂いも届かない。
「ギュンター少尉…これからどうします?」
「どうもこうも…まずは合流しなけりゃならん。だが…」
合流を阻む要素がありすぎる。一つのはバケモノの存在。一つには夜の闇と深い森の為、方向が全く分からない。が、故にギュンターは合流は二の次で、まず生き残る事を優先した。
「まず南に進む事を優先する。俺達がバラけてから暫くの時間がたった。だが、アレはこちらには来ていない様だ。多分、他に向かったのだろう。だから合流は目指さない。今のうちに装備を確認し、少し休んで南に進む。」
そうだ…下手に合流したらまたアレと戦う事に…そりゃ冗談じゃない。それよりも、南に出てとっととガルディシアに帰りたい。ふと、ギュンター少尉はこの作戦前に別れた彼女の事を思い出していた。




