2_02.ガルディシアIII世の後悔
ガルディシアIII世は、今後の帝国の行く末について思い悩んでいた。
三代をかけて漸く成し遂げたバラディア大陸の統一。国内には様々な問題はあるものの、統一によって得られた物は大きい。主に恩恵は経済的な物に集中していたが、エウグストやダルヴォートの様々な技術を吸収した事により、軍事的な恩恵も得られた。
これを下敷きにガルディシアはモートリア大陸を制圧する積もりだった。敵エステリアへの潜入工作も進み、東西からの攻撃によりエステニアは恐らく一押しで落ちる筈だった。…だが、モートリア大陸への侵出は、どうやらニッポン国の出現によって当座無理であろう状況となっている。
ニッポン国…
彼ら自身の行動の特徴は、なるべく戦争や紛争という解決方法を取ろうとしない。しかし、一旦止むを得ないと判断すると行動に躊躇しない。彼らへの対応を間違うと、国が滅ぶ程の技術力を持っている。我々が最新と誇る兵器の数々。それが全く通用しない。デール海峡での戦闘結果報告は戦慄する内容だった。
我が軍の砲は届かないが、相手の砲は届く。しかも百発百中だ。しかも砲以外の兵器も存在し、それが戦艦に当たると一撃で沈む。戦艦がたったの一撃で沈むのだ。ニッポン人から見せられた映像の中では、そのような映像があったが、それは欺瞞では無かったのだ。全てを鵜呑みにする訳では無いが、全てが正しいとも限らない。報告を聞く迄はそう思っていた。
彼らが"殲滅"を言い出した時に、何を馬鹿な、と思っていたが…その言葉に一遍の嘘は無かった。彼らは容易に言葉通りの事を実行した。
更に問題は、交渉に来た彼らを拘禁しようとして失敗した事だ。これが成功したならば、と当時は思ったが…あの海戦の結果を知る今となっては失敗して良かったと思っている。だが、ニッポンに対して誠に宜しく無い印象を与えてしまった事は間違いないだろう。この件に関して、未だ彼らは何も言って来ないが…
「陛下!情報局ゾルダー少将が参りました。」
「通せ。」
「失礼します。情報局ゾルダーです。ニッポンのタカダ氏が我が国に通信機の交換に参りました。その際、タカダ氏が申しますに、我が国とニッポンを海底ケーブルで結べば、常に両国間で通信を行う事が可能である故、敷設の許可を頂きたい、との事です。」
「良い、許可する。ところでゾルダーよ。タカダは何か言っていなかったか?」
「何か?何かと申しますと?」
「うむ…アレの件よ。」
「アレ…トドロキ女史の件…でしょうか?」
「そうだ。あの件についてタカダは何か言っておるか?」
「はい。…ええとですね、余り宜しくない状況かと判断しております。まずニッポン国外務省が、こちらに来る事に難色を示している模様で今回、タカダ氏のみが来たのもそれが原因かと。それとニッポン国の民間業者も、ガルディシアに来る事に対して同様の反応を示している、という話を聞きました。これは、あの件がすでにニッポン国の中で知られている証左か、と。」
「不味い事になった。済まぬ、ゾルダーよ。あの時、余は短絡であった。まさかあれ程の力を持つとは信じておらなんだ。」
「いえ…ただ、交渉は0スタートでは無くなっておりますね。今の所彼らは何もペナルティを要求している訳ではありませんが…予め、我々が譲歩出来る所は譲歩した方が宜しいかもしれません。」
「彼らが求めているのは、食料と資源であったか。食料は直ぐにでも提供する事は可能であろう?」
事前に食料の輸出入に関してニカイドーと協議した際、ニッポンでは所轄官庁は別の省であり、厚生労働省という部署が行っているという。この省が行うのは手続きの問題だけは無く、輸入される食品が安全な物かどうか、食品の内容に相違無いか、食品の中身が何であるのか…
更に、食品の中身を文字情報で貼り付ける様なのだ。この情報に間違いがあると、例え食品自体は問題無くても差し戻される。また、輸入された食品も、危険な病原体や寄生虫、薬品を使用していないかどうか検査が指定の研究所にて行われるのだ。
つまり、平たく言うと「輸出したい→直ぐに輸入可能」と簡単な話ではなく、相当の手続きや書類を経て、尚且つ輸入品に対し検査や調査を行い、問題が無かった時点で始めて流通に乗る、という話だ。
逆に言うと輸出する側も、それらの基準を満たし、調査を行った上で輸出する、という能力が求められる。それをこちらがどれだけの日数で整えられるか、想像の埒外だ。つまり、皇帝が「直ぐにでも提供可能」と簡単に思っている事でさえ、非常に現状でハードルが高い。寧ろ、鉱物資源の方が話が早い筈だ。
「陛下。食料よりは資源の方が提供は速いと思われます。日本の食料輸入に関する障壁は思いのほか高く彼らの食の安全に拘る姿勢は我々から見ると異常にも見えます。しかし、その姿勢の為に、彼らニッポンの国民の食事は非常に安全である、とも言えます。ともあれ彼らが現時点で何を求めているかが判明する迄、探りを入れつつ対応致します。」
「そうか。うむ、任せたぞ、ゾルダー。」
皇帝の返答を持って、再びゾルダーはタカダの所にとんぼ返りした。