2_01.ニッポンとの通信機材設置
ガルディシア某所 帝国歴227年5月11日 午前10時
ゾルダーは昇進に伴い、情報局にオフィスを持った。
今や彼の上司は軍情報局局長のみ、という次席の立場なのだ。日本との交渉責任者、という立場が彼を有頂天にさせていた。交渉チームと言っても、情報局絡みは自分と自分の直属の部下一名のみであって、他は外交省からの出向者ばかりだった。彼らと比べて軍が後ろに居るゾルダーの立場の方が強い。言うなれば、この世の春を謳歌していたゾルダーだった。が…
「"やぁ、ご無沙汰してます、ゾルダー中佐。あ、今はゾルダー少将でしたっけ?これは失礼を。
昇進おめでとうございます。 無線の調子は如何ですか?"」
「"うぇ。これは、タカダさん。どうもご無沙汰しております。無線の調子良いです。大丈夫です、どうしたんですか?"」
突然の無線に驚くが、そもそも外交交渉の担当は自分なのだ。当然無線も入ってくる。問題は相手がタカダだという事だ。どうしたんですかも無いもんだ、と自問自答する。
「"その無線機の事なんですけどね。正式に国交交渉を入るに辺り、新規の機材に刷新したいのですよ。今の無線機だと通信距離も短いし、双方向といっても声だけなので。で、必要機材を持ってそちらにお邪魔したいのですが…何時頃都合宜しいか確認したく、ご連絡差し上げた次第で。"」
新規の機材に刷新?
無線機の調子は良いが、何をどうする積もりなんだろうか…いや、だが新規の無線機が入れば、それだけでニッポンとの交渉が進んでいる証左になるではないか。そうだ、それにタカダが言うのであれば俺の立場としては断れない。そうだ、交渉の責任者なんだから。
…タカダの意にそぐわない事を言っては行けないような気になっているのは、完全に高田の支配下にある証拠なのだが、ゾルダーは全く気が付いていない。
「"私は何時でも受け入れ可能ですよ。是非、タカダさんの都合の良い日にお願いします。なんなら今日でも構いませんよ、ははは。"」
「"そうですか。それでは善は急げと日本では言いますので…今日の午後にでもどうですか?"」
「"え!?今日の午後…そ、それは…いや構いませんが…"」
自分で今日でもと言った手前、断れない。そういえばニッポンの航空機の性能を考えれば今日の今日とか容易な訳だった。
「"それでは、オスプレイで行きますので…お昼頃には着きます。どこに行ったら良いのか教えて下さいね。それと、着陸可能な場所には、大きく丸を書き、その丸の中に二本の縦棒とその棒の間に一本の横線を引いて下さい。あ、白字で。それから今回は外務省は随伴してません、私だけです。"」
慌ただしく、無線が切れた。ゾルダーは慌てて飛行機が着陸可能な場所を探し、部下と外交省の連中を総動員で、そこに丸とHと書き込んだ。
そして12時ちょうどに色々な機材を抱えてタカダがやってきた。
「ご無沙汰しておりました、ゾルダー少将。まずは、受ける機材を運んで参りました。で、今後の通信のやり取りに関して、日本から貴国ガルディシアまで光通信用海底ケーブルを敷設したいのですが…その許可を求めるに辺って、ゾルダー少将から皇帝陛下に押して頂きたいんですよ。ちなみに、このケーブルが敷設されると常に貴国と日本の間で通信を行えるようになります。
「おおお、そうなんですか?あの"すまーとふぉん"とかも使えるようになる訳ですか?」
「ああ、それはもう一段階必要ですね。あれは電波を使用しているので、それ用の基地局が必要になります。何れ、光ケーブルさえ引いてしまえば、きっと直ぐですよ。」
「そうでしたか…それは凄い。早速、皇帝陛下に繋ぎます。」
「ありがとうございます、宜しくお願いしますね。で、今回外務省が外した理由は…もうお気付きかとは思いますが。以前、外務省の轟君がこちらに訪れた際の陛下の外交使節団に対する行為。これが外務省で色々問題になっておりまして…一応、外務省が絡む前に私がワンクッション置いて皇帝陛下に接触したく思います。まぁ、ケーブルの件もありますしね。それにゾルダー少将のお立場もありますでしょうし。」
「ああ、お気遣いありがとうございます。ちなみにこれらの機材はすぐ動くのでしょうか?」
「それはケーブルを引いてから、ですね。それまでは以前の無線機を使って頂きます。もし、ケーブルを引かないという選択肢を選んだ場合はですね…民間の船を1隻常駐も考えたんですけどね。轟君の件で、民間が協力し辛くなってしまいてねぇ。」
ゾルダーは気が付いた。これはあまり良い兆候ではない。柔らかい物言いだが、皇帝陛下の拘束未遂はニッポンに知れ渡っておりしかも民間の協力拒否を招く事態となっている事を示唆している。これは安穏としてられん…
「それも含めて、私ゾルダーが今から皇帝に直接報告と確認を取って参ります。タカダさんは少しお待ち頂けますか?そんなにお時間は取らせまんので。」
「ああ、そうですか。それでは待たせて貰います。朗報をお待ちしておりますね。」
ゾルダーは慌てて、ゲルトベルグ城へと走った。