1_73.新しい時代に乾杯
ガルディシア ヴォルン港 帝国歴227年5月10日 午後22時
ちょうど5人が座ったテーブルに擦れた感じ年増の女が、エールを5人前持ってきた。どうやら後から来た奴が頼んでいたらしい。ガシャンと零れる勢いでテーブルの上に無言で置いた。
「おっ、酒が来たな。しかし何とも愛想の良いねーちゃんだな。さあさあ、新しい時代に乾杯しようじゃねえか?」
「何言ってんだよ、こいつ。酒は誰が頼んだんだ?」
「あっ、自分が頼みました。お近づきの印です、皆さんどうぞ。」
「こいつ、随分育ちが良いじゃねえか、フェイケル。まあ奢りってなら遠慮なく頂くぜ。名前何てんだ?」
「トア…トアーゼンです。よろしくお願いします。」
「おい、そんな事よりも面白い話の続きはどうしたよ?」
「おお、悪い悪い。こっからがお前らにも関係ある楽しい話なのよ。」
「はぁ、俺達にも関係のある?」
「おうよ…実はな。ここに来たのは別に偶然じゃねえ。アンタに会いに来たんだ、エウグストのベール・クランデルト。」
テーブルに座っていた三人の緊張が一気に増した。多分、テーブルの下では三人が三人とも武器に手をかけている。確信を持ちつつ、フェルイル=エンメルス曹長は話を続けた。
「お前らが何をしているかの情報は掴んでいる。どの位の規模で、どこを根城にし、何を目的としているか。そして俺が、ここに来た目的をこれから話す。お前らにも損な話じゃねえと思う。」
「悪い話ならお断りだぜ。」
真顔でベールは言った。明らかに自分達に利益の無い話なら、目の前の二人を殺して逃げる算段だった。
彼ら三人はエウグスト出身の反乱分子と呼ばれており、輸送路の襲撃や色々な破壊工作等、帝国の不利益となる事を専門で行っていた。しかし、全土を統一したガルディシア帝国の締め付けは激しく、輸送路襲撃していた元のチームは壊滅し、状況の不利を悟って、北まで逃げてきたベール達だった。この港まで来たら、ヴォートランかエステリアまで海路で逃げる事も可能な筈だ。
そこで最後の夜に入った酒場がここだったのだ。
「俺のバックにはあの国が付いている。」
「いや、それはねえ。あり得ねえ。一体どうやってあの国に渡りをつけるんだ?」
「お前さん達、嵐の海って知ってるか?」
「おう、中央ロドリア海だろ?西側のエウグスト人なら誰でも子供の頃に聞いてる。」
「そうだ。その子供の頃に聞いたあの嵐の海だ。今、あの嵐の海は無くなった。嵐が完全に止んだ。そして嵐の海だった場所の中央にニッポン国がある。」
「ん?そりゃ一体どういう事だ?ニッポンが嵐の海の原因だったって事か?あの嵐は数百年続いてる、って噂だが、俺の知る限り晴れたって話は聞かねえ。」
「こっからは奢りの酒がねえと話せねえ愉快な話なんだがよ。特別にタダで教えてやる。嵐の海の中央にはヤバい大魔導士が居た。で、大魔導士の召喚魔法でニッポンが他の世界から呼ばれた。この大魔導士、どんだけやばいかっていうとな。噂通り、近づいただけで人が死んじまう。」
「昔むかし、子供の頃にばあちゃんから聞いたぜ。てっきりおとぎ話の類だと思ってたんだが…」
「これが大真面目な話でよ。ニッポン国は、この大魔導士に呼ばれてこの世界に来た。なんにも知らない状態でな。で、大魔導士が本領発揮しやがった。つまり、ニッポン国に近づいて次々と人が死んじまった。」
「あの噂が本当なら、そりゃそうだろうな。何せ近づいたら死ぬ、なんてどうにも対処なんかできねえ。逃げるしかねえ…」
「で、ニッポン軍はこう思った。大魔導士が住んでいる場所をぶっ壊せばいいんじゃねえか、と。」
「いや、お前、ぶっ壊すも何も、近づいたら死ぬんだろ?そりゃはなっから無理な話だろ。」
「へへっ、こっから肝よ。黙って聞きな。ニッポン軍の武器はスゲエ遠い距離からローブスブルグ級をも1発で沈めるのよ。この1発で沈めるような砲弾を、大魔導士の塒に何十発もぶち込んだ。」
「おお、で、どうなったんだ?」
「結局その時に決着は付かなかったらしいが、塒が傷んだらしいのよ。そこに上から爆弾を山ほど降らせまくった。で、大魔導士が倒れた瞬間に、嵐が止んだ、って話よ。」
「マジかよ、嘘くせえ。ところでオメエ何でそこまで詳しく知ってんだ?」
「俺達はその時、ガルディシア軍駆逐艦マルモラに乗っていた。マルモラはニッポンに捕まりワッカナイという所に連れていかれた。その時には未だ嵐は続いていたが、ニッポンに居る間に嵐は晴れた。つまりその時に起きた出来事なんだよ、ベール。」
「…つまり、その時からニッポンと付き合いがあると?」
「そうだ。ニッポンの情報を持った上官のガルディシア人は俺達を全員国に帰ったら拘束して牢屋にぶち込むか、全員殺そうとしていた。それを察知したニッポンに、帰り道に助けられた。そこから俺達はニッポンの為に働いている。」
「なるほど…で、俺達に話を持ってきたのはどういう理由だ?」
「ニッポンがバックに居るといってもな。それこそ俺達ぁ20人少々しか居ない。色々動こうと思ったら、もっと人数が必要なんだよ。」
「それで、俺達に声を掛けた、と。」
「で、ちょいと話は戻るのよ。お前らが何をしているかの情報は掴んでいる。どの位の規模で、どこを根城にし、何を目的としているか。そして俺が、ここに来た目的は…俺達に協力して欲しい。お前たちの組織力があれば色々な事が可能だ。しかもニッポンの科学力によって俺達をサポートしてくれる。どうだ?報酬も弾むぞ?」
三人は顔を見合わせていた。既に心は決まっていたが…
「…どうだ? 新しい時代に乾杯しようぜ?」