1_70.それぞれの後始末-ヴォートランの場合
ヴォートラン王国 227年 5月5日 午前10時
王弟フィリポは困惑していた。
第一の報告としてオルビエト上級大将が率いる派遣艦隊の全滅の件。オルビエト上級大将とカバルビオ大佐の戦死。二人はフィリポの腹心であり、秘かに狙う王の座に必要且つ欠くべからざる部下だったが、この二人を海戦で失ってしまった。オリビエトが指揮した艦の中にも大量の王弟派が居た。つまりフィリポは自分の派閥を大量に失ってしまったのだ。
現在ヴォートラン王国では、二つの派閥がある。
国王ファーノ4世の国王派とフィリポの王弟派だ。
旧ダルヴォート王国はヴォートランの植民による国だった。
新しいヴォートランの地、という意味であり、ヴォートランの王の血に連なる者がその地を代々治め、ダルヴォート王国を名乗った。ガルディシア帝国に滅ぼされた後に、僅かに残ったダルヴォート残党は、エステリアやヴォートランに渡った。そしヴォートランに渡ったダルヴォート復古を願う派閥は、王弟派と手を結んだ。彼らの計画では王弟の派閥である海軍を主体にし、これを拡充し、現王ファーノ4世を打倒した後にダルヴォート復活の為に、ガルディシア帝国を下すという計画だった。勿論フィリポの計画とは違う。
フィリポ自身はダルヴォートの復活など考えては居なかった。最終的にガルディシアを下しても、それはヴォートランが支配する土地が増えるだけだ、と考えていた。
その為、フィリポと海軍主体の王弟派とファーノ4世と陸軍主体の国王派の二つがヴォートラン王国の中で鎬を削っていたのだった。今回の海戦での出来事は、王弟派の力を大きく削ぐ出来事だったのだ。
しかし次の報告は…
艦隊が全滅した翌日。つまり3日前にやってきたニッポンを名乗る海軍。そのニッポン海軍の大型船から我が軍の負傷した水兵達をヴォートランの港に届けられた件。ニッポン海軍は国交を希望するので、その橋渡しとなって頂きたい、何れ外交官を寄越すので良しなに頼む、と言って去っていった。
このニッポン海軍に、海に投げ出された水兵達が救助された。救助された水兵達の語るニッポンの船は、有り得ない話ばかりだった。フィリポは海軍情報部に情報収取と聞き取りを依頼し、集められた情報を精査した結果、彼我の格差はとんでもない状況である事が判明した。
『艦の動作が早く、始動から全力で運転が可能だった。』
これは動力に蒸気ではない可能性がある。もしかしたら我が国で試験をしている内燃機関型の動力かもしれない。しかしそうだとしても出力が桁違いだ。
『艦は全て金属で出来ていた。ゴミ一つ無く清潔だった。』
全金属の艦という事は、装甲も当然厚い筈だ。前述の運転の件もあり重くて速いという事の両立が可能な動力とは…
『大きな食堂があり、新鮮で暖かい食事が出た。』
通常、艦船の食事は冷えた保存食の筈だ。それが新鮮で温かい、という事は食品を新鮮に保つ何かが使われている。補給状態の問題なのか、航行の距離の問題なのか、
『回転する羽を持つ、飛行機械に救助された。』
飛行機械は我が軍にも最新鋭の秘匿兵器の一つだ。しかし飛行機械は長い滑走路を必要とし、尚且つ一度飛んだが最後、着陸するまで静止する事は無い。墜落以外で。それなのに、空中で静止して救助されたと言い張っているのだ。目撃者も複数いる。想像の埒外だ…
『通常死ぬような怪我を船の中で手術をして治した。』
破片に切り裂かれ、大量に血を流した水兵が助けられた際に、それを目撃していた他の兵が、翌日にその水兵と船の中で会ったという。助かった兵曰く、輸血という行為と傷を縫うという行為をした、と。全て治療に辺り何をするか説明されたが本人はよく分からなかった。しかし、結果として彼は死なず、翌日には動けるようになった。
数点挙げただけでも、彼我の技術格差はどれだけあるか分からない。救助された者達は全ての怪我人は何等かの手当てをされていた。しかもその手当自体が、応急の物であっても我が軍の治療よりも上等な状態であるのだ。
フィリポは考えた。
これは艦隊と貴重な将兵達を失った事はとても痛かった。しかし今後のニッポンとの技術交流を行えば、これは或いは…しかも、だ。ニッポンは我ら海軍を窓口に、と考えているようだった。
これはつまり一手にこれらのニッポンの技術と情報を独占出来れば…未だ兄である国王ファーノ4世に報告はせぬ方が良いな…
彼は密にニッポンと結び、或る程度情報や権益の独占に見通しがたった段階で王兄ファーノ4世に報告するつもりだった。その為の準備は色々あるぞ。まずは組織を立て直さなければならん。
「ラチアーノは居るか?」
「ここに、フィリポ様。」
「救助された兵の中で使える者を見繕え。オルビエトが死んだのは大変痛いが、代わりの者を立てねばならぬ。当座は貴様が組織の立て直しを主導するのだ。今回は痛手であったが、ニッポンという国の後ろ盾が得られれば…いや後ろ盾ではなく情報や技術を多少でも手に入れる事が出来れば、艦隊以上の戦力が手に入るやもしれん。」
「救助された者達を調査した内容は、確かに俄かには信じられませぬ内容でありました。その力を手に入れる事が出来れば、確かに。」
「うむ、ラチアーノ、そういう事だ。第一に組織の再編、次にはニッポンの情報入手、国交樹立。必要な事は我々が情報を開示する迄、これをファーノに漏れぬようにするのだ。その辺りの情報統制も頼む。」
「承知致しました。早速手配致します」
ふふふ、艦隊を失ったと聞いた時にはどうしたものかと思ったが…
フィリポの脳内には輝く未来が見えた。