1_68.それぞれの後始末-ガルディシアの場合
ガルディシア ゲルトベルグ城 帝国歴227年 5月5日 午前10時
5月1日から5月3日に行われた北ロドリア海海戦及びデール海峡上陸作戦によって、ヴォートラン王国の派遣艦隊は全滅した。そしてエステリア王国の海軍は艦隊の1/5を喪失、デール海峡の要塞も2か所が陥落。そしてガルディシアは…
「もう一度言ってもらえるか?」
「はっ、皇帝陛下、申し上げます。
第二艦隊の被害は、巡洋艦ノルトシュツト、ヴァンシュテットの2隻駆逐艦ソーン、ヘルステン、レンフェルト、エルトフェルト、ゾィエン、ファードルフ、タープ、フールトの8隻、砲艦ヴィエル、ホルトッセの2隻、計12隻がニッポン軍によって舵とスクリュー、マストに攻撃を受け行動不能となっております。他に第四艦隊からの攻撃により、第二艦隊旗艦ノルターズムに数発の
命中弾がありますが、航行に支障はありません。」
報告をした将校は皇帝に覗うように覗き見るが、皇帝の動きは無い。彼はそのまま報告を続けた。
「続いて、第四艦隊ですが…
北ロドリア海海戦にて、艦隊の1/3に被害が及んでおります。艦数にして42隻、主な所では旗艦ヴィターアール艦橋直撃により、艦隊司令官であるグロースベルゲン公爵が戦死、他戦艦2隻、巡洋艦5隻が曳航不可能と判断し、爆沈処分をしております。次に、デール海峡の戦闘そのものでは被害は発生しませんでした。然し乍ら…戦闘停止を命ぜられて以降、第四艦隊司令官代理のベルレンバッハ少将が、第二、第七艦隊の戦闘停止を反乱と判断、そのまま第二、第七艦隊へ攻撃を開始しました。その為、第七艦隊のアルスフェルト伯爵がニッポン軍に援護を求め、最小の被害で第四艦隊を抑制する為遠距離からの攻撃を断行、戦艦レゼルヴォート、オラニエンが撃沈、当該戦艦の司令官も戦死されました。」
再び、報告した将校は皇帝を覗き見た。皇帝は玉座に座り、顔を伏せ、右手を額に当てていた。脇を固める大臣たちも沈痛な表情で俯いていた。
「最後に第七艦隊ですが…」
「もう…もう良い。下がれ。」
「…失礼します。」
どうしてこんな事に…余は戦闘停止を命じた筈だ。戦闘停止が間に合わなかった訳では無かった。命令も届いた。であるのに、多数の戦艦と有能な司令官達を失ってしまった。
これがニッポン軍の警告を無視していた場合、殲滅という結果は免れなかっただろう、という事も明らかにはなった。それだけの実力がある事は既に明らかだ。今の時点で戦艦二隻だけで済んだのは、まだ僥倖だった。
しかもだ。
それを警告してきたニッポン国の外交官を拉致しようとしたのだ。後から冷静になって考えると、誠に不味い事は明らかだ。ニッポンの外交官を人質に交渉を有利に?お笑い種だ。我々の城の中まで引き入れた。彼らにとっては敵地だ。それなのに、そこから双方に全く被害も出さずに悠々と脱出した。
彼らは最初から友好的だった。
だが、決して弱いから友好的にならざるを得ないという訳では無く、彼らニッポン人はそういう文化だと見なすべきだ。しかも決断した後の行動は全くブレが無い。恐ろしい程に。
だが、悪い面ばかりではない。現状でニッポンが居るという結果、この辺りで戦闘は抑制されるだろう。無論、我々の目的、目標に障害とはなるかもしれんが、それも一時…技術を学ぶまでだ。
「それで、海軍大臣。今後どう海軍を立て直すか?」
「皇帝陛下。海軍は、戦艦を5隻失っております。また、陸上戦艦の製造に多大な資金と資材を投入しております。早急な海軍の再建は誠に難しい状況です。不足の艦艇に関しては、一度海軍の各艦隊所属を分解し、再配置を行うのが宜しいかと。ル・シュテルの第五艦隊は解体して各艦隊に配備不足の艦艇に関しては、造船計画の見直しで対処と考えております。その上で、必要な艦艇は資金の投入が必要となるかと。」
「どこにそんな資金があるのだ。今回の海戦において、我々は何も得る事が無かった。しかもニッポン国によって、ここ暫くは戦争が行えぬ。貴様は勝てるか、あの国に?貴様は資金を捻出出来るか、今の状態で?」
海軍大臣は顔を上げない。
海軍大臣メンホルツ公爵は、代々海軍の将校を輩出している。しかも今回戦死したグロースベルゲン公爵とは親戚同士だ。まさか、あのグロースベルゲンが戦死するとは…海軍が勝ち続けている限り、大臣の発言権は増大し続けていた。そもそも、バラディア大陸統一戦争の花形は陸軍だった。ようやく陽の目が海軍にあたり始めた矢先だったのだ。海軍は金を喰う。資材も大量に喰う。それでも、新たな領土には必要な投資だ、と思われていた。だからこそ大量の資金も資材も、優先的に回されていたのだ。それが…ニッポンのせいで…このような窮地に…
メンホルツ公爵は、皇帝陛下に返事が出来なかった。
皇帝はメンホルツ公爵の返事は元より期待していなかった。
「ゾルダーは居るか?ゾルダーを呼べ!」
ゾルダーは部屋の外で待機していた。
今回の戦闘が大変悲惨な結果に終わった後に、陛下と顔を合わせるとはなんて不幸なのだ、とゾルダーは気落ちし、出て行く報告者を見ていた。と、そこに陛下からの呼び出しが来た。覚悟を決めて入室する。
「失礼致します。ゾルダー中佐、参りました。」
「おお、来たかゾルダー少将!」
「しょ、え?少将? ……ですか?」
「うむ、ゾルダー。貴様は今日から少将に昇進である。無論、このような状況で少将に昇進させる意味は理解しておろう。貴様はニッポンと最初に遭遇しニッポン人との意思疎通もそれなりに
良くこなしておる。それが故に、だ。我がガルディシア帝国を代表し、ニッポンとの交渉に当たれ。尚、貴様の昇進に伴い、貴様の籍を海軍から情報局に移す。対ニッポン外交交渉チームを情報局に作成し、外交省の協力の元でニッポンとの国交樹立の条約を結べ。早急にな。」
「了解いたしました。不肖ゾルダー、刻苦精進し必ずやニッポンとの国交樹立を早期に実現致します。」
「うむ、任せたぞ。各省には余から一報入れておく。本日から当たれ。」
皇帝は、資金調達をニッポンとの交易に求める事にした。