1_50.北ロドリア海海戦-②
日本 三沢基地某所 2025年5月1日 午後1時
「いやぁ、盛大ですねぇ。あれだけの艦隊が接近戦なんて。なんとも血沸き肉躍る光景ですよね。あ、見て下さいよ、また船が沈みましたよ。あれは戦列艦ですかね?戦艦ですかね?派手だなぁ…。」
こいつ人死にをなんて能天気に笑ってやがる…
内調の高田がワクワクしながら、グローバルホークからの映像を眺めていた。そんな彼の独り言を聞く周りの自衛官は辟易しながら、状況を見守った。
「さて、戦闘も中盤ですかねぇ。
第七艦隊が突入したとなれば、あそこまで接近戦を挑んだヴォートランの遠征軍は壊滅でしょう。最左翼のエステリア海軍は、ここからどう巻き返しますかね。それとも終盤まで一気に駆け抜けるんでしょうかねぇ…」
「そういえば、例のガルディシアとの交渉に関して、この海戦はどういった扱いとなるのでしょうか?」
「ああ、あの約束の件?侵略戦争しないとか、領土拡張しないとか?ガルディシアは先制攻撃を受けた、が故に防衛戦争だと言うでしょう。その為にモニタリングしている訳で。百歩譲って、この海戦は偶発的な出来事で、確かに先制攻撃を受けているかもしれない…では、デール海峡とやらの上陸用舟艇の群れをなんと釈明するんですかねぇ。」
「ああ、上陸作戦の意図とは即ち侵略行為と寸分違わない、と?」
「僕はそう思うんですよねぇ。アナタどう思いますか?あ、ほらほら見て下さい、あそこ!あの大きな船の手前!!今度は蒸気爆発ですかね?爆沈ですよ。スペクタクルですねぇ…」
北ロドリア海 227年5月1日 午後1時
「退却だ!後ろから敵第七艦隊が迫っているぞ!」
「エステリア艦隊が居る為、退路が塞がれてありません。左舷方向への後退は無理です!我が艦隊後方が第七艦隊の砲撃で混乱中の模様。後方に無傷の艦はありません。既に全艦隊の3割を喪失!」
「むぅ、エスダン将軍!早く艦隊を避けろ!我々の退路が無い!!信号送れ!!まさかあの一発も撃たぬ艦隊が、最後の一押しをやりに来るとは…まんまと騙された。第七艦隊め、敵ながらやりおる。」
オルビエト上級大将の嘆きも虚しく、右舷前方をエステリア艦隊、そして左舷前方をガルディシア第四艦隊に塞がれ、楔の様な形で艦隊に食い込んだヴォートラン艦隊は、後方からの攻撃に大混乱を来していた。
「ヴォートラン艦隊、行動不能です。引き続き砲撃続行。」
「狙わずとも当たるが落ち着いて撃て。今まで撃てなかった分は熨斗をつけて返してやれ。」
第七艦隊の突入により第四艦隊はいきを吹き返した。艦隊は右翼がほぼ崩れた状況にはあったが、そもそもが倍の規模の艦隊である為、被害を穴埋めしつつ応戦する艦に不足は無かった。
そしてグロースベルゲン公爵の乗る戦艦ヴィターアールは、幸いな事にこの時点まで被弾が無かった。だが、全く被弾していない、という事はとても目立つのだ。特にこの乱戦の状況下に於いて。
ヴォートラン艦隊は第七艦隊の攻撃により、1分前より状況が悪い。退路も無く無傷の艦も少なくなってきた。いや既に無いかもしれない。そこでオルビエト上級大将は覚悟を決めた。
「既に是非も無し。信号旗準備!全艦に告げよ!我がヴォートラン派遣軍は、敵第四艦隊旗艦と思しき戦艦に集中攻撃を加える。砲撃可能な艦は我に続け。」
第四艦隊は左舷方向に逃げる空間はある。
いや、むしろ敵艦隊と距離を取る為に徐々に左舷に広がろうとしていた。しかし第四艦隊右翼部分は既に艦隊運動が不可能な状態となっていた。その為、右翼部分から逃げ出そうとする艦と中央部分の攻撃を加えようとする艦との際が、やはり混乱する状況にあったが、正にその際に第四
艦隊旗艦である戦艦ヴィターアールが居た。
「敵ヴォートランの残存艦隊、我が艦に向かって突進中!本艦に砲撃が集中しつつあります!」
「小賢しい。退避は可能か?後退は出来ぬのか?」
「本艦周辺、密集し過ぎて後退出来ません!」
「ならば敵を砲撃せよ!可能であれば体当たりしてでも敵を潰せ!」
「回頭する空間がありません!!」
「味方にぶつけてでも、敵に頭を向けろ!!このままだと、数に磨り潰されるぞ!!急げ!!」
その時、グロースベルゲン公爵が居る艦橋に1発の炸裂弾が被弾した。戦艦ヴィターアールの艦橋は綺麗に吹き飛んだ。
そして無理やり回頭したヴィターアールの衝角によって、突進してきたオルビエト上級大将が乗る戦艦ル・リオーニが沈められた。双方の艦隊は司令官を失って更に混乱した。