1_46.ゾルダー中佐、気が付く
ガルディシアからの帰路洋上 2025年4月19日 午後12時
ガルディシアでの謁見は終了しUS-2は洋上を飛んでいた。帰路を操縦する鐘崎3佐は、ふと高田に尋ねた。
「あれで良かったんですか?高田さん。」
「ええ、あれで良かったんです。
まずはガルディシアに答えの出ない状況に追い込みます。彼らは好戦的です。戦争準備も余念がありません。そんな彼らに、彼らが欲しがるであろう垂涎の技術を目の前にして、それを手に入れる為には戦争放棄という選択です。しかもそれを選択しなければ、敵国がこの技術を手に入れるかもしれないというジレンマ。どう答えてきますかねぇ…楽しみですねぇ…。」
高田は薄っすらと笑う。
そうなのだ。結局の所、通常のインフラやら生産技術に関する程度は提供する気はあるものの、戦争に関わる技術や情報、インフラは微塵も渡す気は無い。しかし、それと分かってしまうと交渉にならない。彼らはこちらが火急の勢いで食料を要望している事を知らない。食料が戦略物資化してしまうと、交渉時の手札が一つ失われる。背に腹は変えられない。ならば交渉のイニシアティブを握る為であれば最初から恫喝と羨望、欲してやまない物を見せ、手に入るかもしれない
幻想を頂かせた方が交渉を進めやすい。その為に、軍事情報を見せ、圧倒的に優位に立って尚且つ、呑めない条件を出した。あとは、ガルディシアがどこで折れるか?
「後の交渉は楽だと思うんですけどねぇ…外務省さん。」
結局の所、安定した商取引は双方が安全である事が一番なのだ。どちらかが戦争や紛争、あるいは内乱状態にあれば、取引どころの話ではない。日本政府としては、現在の日本に最も近いガルディシアが戦争を行わない平和な国となり、日本との貿易が安定して行われる事を望んでいたが、それが叶わないのであれば、それなりの手段や交渉を行う腹積もりであった。それは実力を伴ったモノとなる。余りそういう手段を取りたくない政府であったが、交渉を行った高田の心の底は誰にも分からない。
ガルディシア ゲルトベルグ城 午後12時
「ゾルダー中佐。貴様を交渉の窓口として指名しておったぞ。これは何かあるのか?」
ゾルダーは、爆沈した駆逐艦マルモラを思い出した。
勿論、おくびにも顔には出さない。
「いえ、全く心当たりは…恐らく彼らと一番最初に接触した帝国の人間が私だった、という事だけではないかと愚考致します。」
「ふむ…して、ニッポンの交渉条件。これをどう思うか?」
「恐らくは、もし仮にニッポンの軍事技術が我々ガルディシアに何れ輸出されてきたとします。そうすると国土と国力、言わば生産能力人口、資源等の差から何れ逆転する可能性も幾許かありましょう。その時彼らは先進の技術という優位性を持っているか?同等の軍事能力を持ち、何倍かの戦力と、食料鉱物資源を握る我々に対し、ニッポンは対抗し得るのでしょうか?」
「つまり、何年、あるいは何十年か雌伏せよ、という事か?」
「今は大人しく貿易のみを行った方が宜しいかと判断致します。また両国の交流が進めば、ニッポンへの潜入も容易くなります。観光や視察の名目で、まずはニッポンに入る事を優先します。
例えば語学の研修、或いはニッポンの技術を学ぶという名目で。ニッポンの中に入ってしまえば、あとはニッポンの中で情報網を構築し、可能な限り我が国が必要とする情報を抜けば良い。
友好的な振りをしつつ必要な情報をジリジリと抜き、何れあの国の技術の中で必要な物を全て習得した暁には…」
「なるほどそうだな。それは何年位必要か?科学技術大臣、如何に考える?」
「畏れ乍ら陛下…我々が持つ技術と彼らの技術の差が如何程あるのか現時点で測る術を持ち合わせません。基本となる技術の差がどの程度あるのかは、彼らと交流を持って後に判断可能かと思います。」
「ふむ…なるほどやはり、彼らとはまず交流せねばならぬか。」
「しかし陛下!」
「お待ち下さい陛下!!」
海軍大臣と陸軍大臣は同時に声を上げる。
そうだ、彼らは入念な準備の末、11日後には戦争を行うのだ。
「いっその事、エステリアに攻撃された事にし、その後に防衛戦争である旨をニッポンに宣言しつつ、エルメ海岸に上陸を!」
それも良い手だ、と思いつつゾルダーはふと思い出した。彼らニッポンの盗聴技術の凄さを。そうだ…俺の言葉は何もかもあいつらに筒抜けだった。そうすると…俺の先程の発言は…まさかアレも筒抜けなのか?ここでの発言も知っているのかもしれない…?一体どこまで彼らは入手可能なのだろう…?
まさか…ゾルダーは疑心暗鬼に陥り、一人顔色が青くなったり赤くなったりしていた。ここで彼は皇帝陛下にニッポンの通信技術がどれ程の物かを報告出来なかったのである。それはつまり、何故に彼がそれを知っているかの答えは彼が自爆してしまうからである。
あいつら、俺を最初からハメるつもりで…
だから交渉の窓口に指定しやがったのか…
これも聞かれていたら…交渉になんかならねえぞ…何せ、あいつら最初からこっちの目的を知ってる、ってもんだ。迂闊だった。そうだ、どうやってやったか分からないが、俺の独り言を全部知ってやがったんだ。ああ、ちくしょう…胃が…胃が痛い…どうしてこんな目に…
喧々諤々の会議室に一人腹を抱えて脂汗を流すゾルダー中佐だった。会議室では、エステリアへの侵攻作戦の今後をどうするかが、尚も続いてゆくのだった。