1_42.洋上の苦悩-③
稚内とガルディシア間の洋上中間地点 4月19日午前8時~
「お待たせしました、マルモラ艦長ゾルダー中佐です。」
「いえいえ、それではこのボートにお乗り下さい。足元に気を付けて。」
「それにしても急な話ですな。一体どうなさいました?」
「小官は詳細を知らされておりません。機内に詳細を知る人物が居ります。その人物に、ご確認願えますでしょうか。」
「まずはあの飛行機に乗らないと分からないという事ですな。」
「そのように願います。間も無く到着します。」
黄色いゴムボートに揺られて、US-2に到着した。飛行機も勿論だが、このボートも凄い。機内に人を収容した際に、あっという間にボートが萎んだ。このボートは空気を入れて膨らませている?空気が抜かれて容積が小さくなったボートも機内に収容された。感心していると、後ろから声をかけられた。
「ようこそUS-2へ。ゾルダー艦長。」
「なっ、おま、、タナカ!!」
タナカがにこやかに立っていて、こう言い放った。
「当機は、このままガルディシアの首都ザムセンに向かいます。」
「え?ザムセン!?なんだと!???」
飛び立つUS-2をエンメルス曹長以下甲板上の艦員は見送っていた。急にブリッジに上がってきたゾルダー中佐は、艦長代理を指定し。挙句ニッポンに行く、と言い出した。あの飛行機に乗る気になったらしい。まぁ、俺達にとっちゃ好都合だ。あとはニッポンの出方だ。
突然来たあのニッポンの軍人達は、去り際に俺に何か小さな機械を渡し、最低限の使い方だけを教えてもらった。あの"すまーとふぉん"という機械とはまた別の物らしい。携帯無線機という機械で、相手が話す時は何もせず、こちらが話す時はこのボタンを押す、話し終わったらボタンを離す、それだけだった。
果たしてゾルダーが飛び立って10分程すると、無線機に耳障りなノイズが入り始めた。そのノイズは段々人の声らしき物になってきた。
「ザ…ザザザ…こ…船…しり…ザ…モラ…応答せよ!」
「お!なんか聞こえてきた!!」
「ザ…ザザ……こち…巡視…り……ザ…応答…ザザザ」
無線機の周りを皆がわいわいと囲む。
「ちょっとお前ら静かにしろ。よく聞えない。」
「ザ…こちら巡視船りしり、駆逐艦マルモラ号、応答せよ!」
「おおおお、俺達を呼んでる。すげえ!」
「ちょっとどうだっけ、話す時にはここを押す、と…こちら駆逐艦マルモラ!こちら駆逐艦マルモラ! 離す、と。」
「こちら巡視船りしり、感度良好、良く聞こえている。」
「おおお!!!」
話せた!別の船と話せた!無線機凄ぇ!!と歓声があがる。これ便利だなぁ、とエンメルスも感動する。
「駆逐艦マルモラ、停船せよ。今接弦する。」
「了解した。両弦停止!」
接弦したニッポンの巡視船りしりは、そのままマルモラに上がり込んで来た。そこで大島船長が、エンメルス曹長を探した。
「緊急の要件にて失礼します。どうも一昨日ぶりです。日本政府からの要請で、再度御目に掛かる事になりました。実の所、この船はガルディシアに戻る事は出来ません。恐らく機関に何等かの工作がしてあり、港に戻る前に動かなくなると踏んでいます。もし、ゾルダー中佐が艦に同行していた場合は、港で全員拘束される事になっていました。」
「それはニッポンの通信装置で情報を入手しているという事ですか?」
「有り体に言えばそういう事です。
その為、日本国政府として皆さまを全員保護する事としました。ただし、この船はゾルダー中佐の目論見通り、沈めます。皆さまには巡視船の方に移って頂きます。」
「ああ、俺達は死んだ、という事にするんですね。マルモラ号沈めるのか…」
「それについては申し訳無く思います。ただ、皆さまの安全を考慮した上での判断ですのでご了承頂きたい。」
「いや、勿論了承しますよ。ところで我々はどういう立場になりますか?なんなら亡命でも一向に構わないのですが…。」
「一応、政府からの指示では保護、と命令を受けております。その後の事に関しては我々は指示を受けておりません。ただ、安心して欲しい、との伝言は受けております。」
「分かりました。まず何をしたら良いですか?」
「順次、巡視船りしりの方にお移り下さい。必要な物があれば、急いで持って来て下さい。」
30分後、駆逐艦マルモラ号は巡視船りしりの30mm単装機銃によって海の藻屑となった。