1_40.洋上の苦悩-①
稚内とガルディシア間の洋上中間地点 4月19日午前6時~
「起きているか?」
「起きてます、エンメルス曹長。」
「よし。艦長は未だ艦長室に居るな。」
「まだ出ていませんね。」
「では…昨晩の段取り通り、まず俺がゾルダー艦長を呼ぶ。緊急事態、という事でブリッジに上がって貰う。予めブリッジには拘束要員を配置、そこで中佐を拘禁する。」
「了解です、拘禁した後はどうします?」
「海に放り込むか…何れにせよ、やっちまったらもう戻れない。エウグストの港で俺達が立ち寄れそうな場所だが、誰も心当たりは無いのか?」
「唯一ラカノーの港なら可能性があるって話です。あそこは港自体が山に囲まれていて陸路が無いんで、ガルディシアの監視が緩いらしいです。ただ…駆逐艦が入れるかどうかは分からないです。」
「そうか…とすると、ニッポンに亡命、ってのも視野に入るな。」
「ニッポンに行くなら、皆大賛成ですよ。」
「遊びに行くんじゃねえんだ。…あと10分で作戦開始だ。」
とは言いつつもエンメルス曹長は少し笑った。全員が秘かに予め定めた予定通りに配置に就いた。…よし、1分前だ。やるぞ!
「艦長!!ゾルダー艦長!!緊急事態です!!大至急、ブリッジに来てください!!!」
「何だ!何事だ!?今行く!!」
艦の傍に轟音が聞こえた。そして艦の近くに空からUS-2が降りてきた。
はぁ?なんだ、何が起きている?ニッポンの飛行機か?あれは海に降りる事が出来るのか???一体、何事だ??何しに来たんだ!???
奇しくもゾルダーもエンメルスも同時に同じ事を考えた。そして、エンメルスは完全にタイミングを失った。エンメルス以外は、エンメルスが茫然としているので動けない。
「お、おい、どうする?どうすりゃいい??」
ゾルダーはその声を聴いて、"緊急事態とはコレの事だろう"と思っていた為に、全く疑問に思わなかった。エンメルスは完全にどうして良いか混乱していたが、辛うじて反乱が露見していないと判断し、成り行きに任せた。
「ニッポンが何か伝え忘れたんでしょうかね?向こうから接触を図っているのですから、大人しく待ちましょう。」
「そうだな。慌てて緊急事態とか、何事かと思ったぞ、エンメルス。」
「はっ。申し訳ありません。」
「舵中央、両舷停止! ニッポンの接触を待て。」
「エンメルス、甲板に降ります。」
…
「ちょっとどうします、曹長。」
「こりゃ一体何が起きてるんだ?俺にも分からんよ。ニッポンが何を目的として何がしたいのか?」
「まずは、ニッポンが帰ってから仕切り直しますか。」
「そうだな。皆にも伝えておいてくれ。」
ザブザブと波をかき分けつつ、4つのプロペラを回しながらニッポンの飛行機がやって来て、駆逐艦マルモラにほど近い場所に平行に止まった。胴体のドアが開き、黄色いゴムボートが出てきて、何人かが乗り込み、マルモラの方にやって来た。
「日本国 海上自衛隊 第31航空群 第71航空隊所属 鐘崎3等海佐です。政府より重要な要件があり、ゾルダー艦長をお迎えに参りました。大変お手数ですが、ご同行願えますでしょうか?」
「何ですと?少々お待ちを。艦長に伝えます。」
エンメルスはまたも混乱した。
ニッポンがゾルダーを迎えに来た?一体何の件だ? …だが、待てよ。ここでゾルダーがニッポンに行くなら、俺達の無事は確保されたも同然だ。俺達はそのまま港に戻り、逃げちまえばよい。ただ、そうなるとゾルダーが大人しく従うだろうか?まずはゾルダーに伝えてみるか…
「艦長!ゾルダー艦長!ニッポンのカネザキ3等海佐が来ました。何か、ニッポン政府の重要な要件があるので、あの飛行機に乗って欲しい、との事です。」
「一体何の用だ?そんな事は無理だ。」
「そう思いますが…断れますかね、あのニッポンを。」
「むぅ…そうだな…どうしたものか…」
ゾルダー中佐は直ぐに決められなかった。
年内最後