1_37.東京の夜
パレスホテル東京 ゾルダーの部屋 午後10時~
交流会を終えて部屋に戻ったゾルダーは今後の事について考えていた。つまり、このニッポンの情報を如何なる方法で国に持ち帰るか?交流会を終わった段階で、我々は一旦ワッカナイに移動し船に戻される。つまり明後日には本土に帰還が可能となる。
だが、そこからが問題だ。
まず、艦隊に戻るより先に本国にこの情報を持ち帰らなければならない。しかし、マルモラの乗組員を派遣するのは悪手だろう。ワッカナイから一番近い本土は旧エウグストの港であり、あの辺りを統治しているのはル・シュテル伯爵だ。ゾルダーは一度裏切った人間は再度裏切ると思っている。対エウグスト戦の時に真っ先にガルディシア側に付き、エウグスト崩壊の原因となったこの男に、この情報が流れるのは不味い。この男は強い勢力に靡く。
それにマルモラの乗組員は全員エウグスト人だ。
この情報を持たせたエウグスト人は、本土に情報を流す前に反帝国分子やル・シュテル伯爵に情報を流すかもしれない。…いや、エウグスト人からの嫌われっぷりにル・シュテル伯爵は無いかもしれないが。
何れにせよエウグストの港に入港するのはあまり良い判断とは言えない。何故ならば、港に到着した後に乗員を全員拘束し、何なら適当な罪を被せて全員殺害する事も選択肢としてゾルダーは考えていた。それほどまでに、この情報は重要だ。
…結局、俺が本国まで行くしか無いな。
まず旧エステリアの港トウランに向かおう。そしてトウランに入り次第、乗員は全員拘束してしまおう。確か、何隻か修理の船がトウランに入っている筈だ。修理をしている艦の艦長にグラーフェン中佐宛に手紙を託す。グラーフェンならこの件の重要性が分かる筈だ。その上で俺はトウランから陸路で首都ザムセンに戻れば良い
さて、次なる問題は首都の誰にこの情報を届けるか、だ。帝国国防軍総司令部が本来の正当な報告先であるが…好戦的な連中に迂闊に流すと、国が滅びかねない。国防軍総司令部の大多数は、ここ数年の連戦連勝の結果、好戦派が穏健派を圧倒していた。自らの能力に圧倒的自信を持つ彼らが、技術と能力に優れた新たな国家を目の前にして、友好的に振る舞うだろうか?
かと言って、穏健派の連中にこの情報を流すのも考え物だ。何せ影響力が無い。影響力も力も無い所で、正論や正義を説いてもそれは、独り言と同じだ。
誰に渡せば、帝国にとって最良となるのか…人知れずゾルダーは悩んでいた。
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エンメルス曹長の部屋 午後10時~
エンメルスの部屋にはトア伍長と他に乗員が3名程居た。小さなテーブルには酒瓶が数本、缶ビールが人数分置かれていた。それと、外務省の轟から差し入れられたおつまみの数々が乗っていた。
「おう、集まったな。最後の奴、鍵は閉めたか?」
「はい、ドアが少し開く奴を噛ましときました。」
「ああそうか。オートロックだったな。つい勘違いしちまう。」
「よし、じゃあ始めるか。」
エンメルスを囲んで、酒宴という名の打ち合わせが始まった。それぞれにビールを持たせ、声を潜めながらエンメルスは始めた。
「よし、じゃあニッポンの最後の夜に乾杯。」
「よっしゃ祖国に乾杯!」
「乾杯!!」
「おい、声あまり出すな。静かにな。」
全員が一息で缶ビールを飲み終えた。
冷蔵庫から代わりのビールをトアが取りに行く。
「ふーぅ、この缶ビールとも今夜でお別れか。」
「トドロキにお土産で欲しい、って頼んだら貰えねえか?」
「あのねえちゃん何か目つきがおっかねえんだよな。」
「おう、分かるわかる。目で人を殺せそうだ。美人なのにな。」
「それにしてもニッポンの物、何か持って帰れないかな。」
「部屋に備え付けの備品、持って帰っても使えないしな。」
「紙とペンなら大丈夫じゃねえか?紙もペンも上質だぞ。」
取り留め無い話が続く中、エンメルスは切り出した。
「明日、我々はワッカナイに移動し、本国か艦隊に戻る。そのどちらかか、指示はまだゾルダー中佐からは出ていない。が…この件で皆に聞いて欲しい。」
皆の顔が真剣になる。
「恐らく俺達は、ゾルダー中佐に港で拘束されるだろう。ワッカナイから一番近い港はエウグストの港だ。国家を左右する情報を持った俺達をそこらに放つとは思えん。最悪は適当な罪をでっち上げられて、銃殺刑だ。またはどっかの流刑地に一生放逐だな。運が良ければ。」
「え?…マジですか?」
「多分そうなるだろう。ゾルダー中佐は、この情報を必ず中央に持って行きたい筈だ。出世にも繋がる話だからな。そもそもエウグストの港はどこも、ル・シュテル伯爵の支配下だ。あの裏切者をガルディシアの連中だって信じちゃいない。となると、中佐はエウグストの港から誰かを経由して情報を流さず信頼出来る筋に情報を託そうとするだろう。だが…俺達は全員エウグスト人だ。中佐は誰にもこの情報を託せない。となると自らその情報を中央に持って行く事になる。とすると、同じ情報を持つ連中がエウグストの港に居るのは、とても都合の悪い話になる。」
「それで俺達、エウグストの港で全員逮捕ですか…」
「ああ、その可能性が高いだろうな。そうなると俺は見ている。で、こっからが相談よ。あのな…」
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高田の盗聴部屋 午後10時~
「ああ、やっぱりそうなりますかねぇ…」
ほのかに暗く、そして機材が並ぶホテルの部屋の一室で、高田は想像通りの展開になった事について満足感を得つつも、それはそれで面倒になったな、という表情になった。
「これは…ガルディシアへは日本の情報は伝わらないですね。」
轟が険しい顔をしつつ、ため息をついた。