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ガルディシア帝国の興亡  作者: 酒精四十度
【第四章 ガルディシア落日編】
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4_87.ヴァント公国の誕生

こうしてガルディシアの首都ザムセンでは皇帝が空席となってから数えて三回目の帝国議会が開かれた。ほぼ総入れ替えとなった元老院議員達が初めて一同に会したのだ。まずはアルスフェルト伯爵が議会の議事進行を宣言した。そこで当初から予定していた議題であるエウグストとの交渉に於いて前提となる帝国の政体変更の件だった。


新規に選定した元老院議員の中で貴族出身は4名、そして平民出身は5名となっていた。平民出身とは言えそもそもは軍人出身である者も居た。ゾルダー少将である。その他の平民出身も、その出自は軍人や軍属の者達が多かった。そして貴族出身の者達は、所謂軍事畑でも無く学者肌の者達が多かったのだ。これはアルスフェルトが平民に軍人出身が多かった事に対するバランスを取る為であった。そして高等な教育を受けた者達はガルディシアでは貴族以外には居なかった為だ。ここに居る全員が反帝国派では無かったものの、状況を見て冷静に判断出来る者達を選んだとアルスフェルトは考えていた。


「さて、お集まりの皆さん、本日は初めての顔合わせですが我々が決めなければならない議題は多い。決められる物は直ぐに決めてしまわないとなりません。当面の問題はエウグストからの攻撃を如何に防ぐか。直接的な方法としては我々が帝国という政体を捨てる事です。彼等エウグストが要求している最も大きい問題はこれです。」


「私もギルベルト子爵から大まかな説明を受けては居る。その辺りの事情も知っている。だが、我が国が帝国を捨てる事など可能なんだろうか? いやそれよりも、今日から帝国ではありません、と他国に言った所で我々に対する猜疑の眼差しが変わるという事も無いだろう。ここで帝国を捨てる事に対する利点とは一体なんだろう?」


アルスフェルトの議題に対し、真っ先に反応したのは平民出身のオットー議員だった。彼は元々第七艦隊所属であり、軍を離れてからは家の商売の手伝いをしていた所をグラーフェン中佐からの勧誘を受け、かなり初期から反帝国組織に参加していた者だった。


「オットー議員、良い指摘です。当面の目的としてはエウグストからの要請に従うという形を取っております。ですが実情はエウグストの協力によって皇帝一族をガルディシアから放逐する事が真の目的です。ついでに言うならガルディシアという国名自体が皇帝を表している国名なので、当然帝国を捨てるならば国名も変わる事となるでしょう。そうなれば諸国の反応も大きく変わるとは思いますね。」


「国名も、なのか……なるほど確かに。国名までも変わるのなら、我々がどのような国になったのかを如実に物語る事となるでしょう。いや、異存はありませんが、何か候補となる名前があるのですか?」


「それも追々決めて行きましょう。何れにせよ、これから我々が様々な事を決めて行かねばなりません。最終的な目標はありますが、そこに至るまでの道のりはとても長く険しい。皆さんの協力が必要です。」


「ああ、そうそう伯爵。一つ質問があるのですが? エウグスト解放軍によって捕縛された皇帝ドラクスルは、どうなったのですか? まさか交渉によってこちらに戻すという様な事はありますまい?」


「ああ、彼の処遇はエウグストに一任していますよ。どちらにしてもガルディシア帝国が過去行った事は何等かの形で清算しなければなりませんしね。」


「なるほど……いや、割り込んで失礼しました。」


こうして、新しい帝国議会では次々とガルディシア帝国時代の法を改正し、組織を改変していった。そして帝国時代における租税の割合を大幅に変更し、今迄大きな財政負担となっていた軍を大幅に縮小した。これは隣国エウグストとの国境画定と友好善隣条約の締結を行った事により、軍事的な脅威が大幅に低下した事、そして海を挟んだエステリア王国自体も脅威とはなりえない事から、軍事予算の削減による減税を果たしたのだ。この減税による副次効果は非常に大きく、ガルディシアの国民は新しい議会に対して喝采を浴びせた。


「ここまで来ましたな、アルスフェルト伯爵。」


「まだまだやる事は沢山あるよ、ゾルダー議員。だが何れ元老院議員も解散した上でニッポンの様に平民階級からも議員を選ぶ選挙制度という物を導入する事になるだろう。それが一体何時になるのかは分からないけれどね。それまではまだまだ君にも働いて貰いたいのだが。」


「勿論その積もりですよ、伯爵。あと一つ大きいのが残っていますがね。」


「ああ、国名の件か……こういう案があるが、君はどう思う?」


「これで帝国の気配が全て消え去ってしまうのは何とも感傷的な気持ちになりますがね。」


「仕方が無いさ。彼等皇帝家が興した帝国だ。彼等が居ない今、彼等を表す国名もまた消え去るのみだ。」


「ふむ、それでは議員の皆にも聞いてみましょうか。彼等にも何らかの案もあるかもしれませんしね。」


そして議員によって最終的にアルスフェルトの案は了承され、それに伴う様々な事が決められた。新しい国名に伴って、今迄帝都を名乗っていたザムセンから、東方都市ヴァントに遷都した上で、国名を ヴァント公国 と改めた。


ヴァント公国は、エステリアとヴォートランに対する友好条約を結び、これによりバラディア大陸はとても安全になった……筈だった。だが、ダルヴォート領域におけるガルディシア帝国陸軍第三軍シュテッペン中将を中核に、陸軍第四軍第六騎兵師団バルト少将、同じく第四軍第七騎兵師団のオームスブルク少将、そして第四艦隊のミューリッツ少将らが中心となって、バラディア大陸北西のロアイアン方面で分離独立を行い、ガルディシア第二帝国を名乗った。この動きの裏にはザームセン公爵を始め、他に追放された貴族の面々の働きかけによる物だった。


だが、彼等の軍隊は既にエウグスト軍の相手では無かった。

エウグスト解放軍の持つ近代的な装備と機動力によって、ガルディシア第二帝国は、バラディア大陸北東の狭い領域に押し込められ、食料供給を断たれた後に困窮した兵によって反乱につぐ反乱の末に自滅していった。


ここに三代に渡って続いたガルディシア帝国は完全に滅亡した。



エピローグ…


「この結果はニッポンの思惑通りでは無いんですか? タカダさん。」


「そうですね。本国政府が考えた方向性としては概ね合っていますけどね。ただ、少数とはいえ帝国派閥が生き残って新しい国家を立ち上げるとまでは考えていませんでしたね。まぁ結局滅びましたが。」


「なるほど……ただ、ガルディシア帝国本体が帝国主義を放棄したのは、我々隣国のエウグストとしてはとても安心出来ますね。それと、彼等が武力を削減する事を約束してくれたお陰で、我々の国家予算における軍事的な支出も大幅に削減できそうです。今迄はニッポンにかなり依存した形になっていましたが、余計な支出を抑えた上で必要な予算を配分する事が出来そうだ。全国の道路舗装化もまだまだ途上ですし、輸入したい車の類も多岐に渡る。」


「これからは良き競争相手として貿易に、文化に交流する事が安心して出来る世の中になるでしょうね。」


「タカダさん、そういえば私はまだ一つ叶っていない事がある。」


「はて……何かブルーレイ渡す約束忘れていましたっけ、伯爵?」


「タカダさん。私は一度ニッポンに行って映画館に行ってみたいのですよ。ホームシアターという物は確かに私の城には設置されている。ですが映画という物は映画館で見る物なのでしょう?」


「ああ、そうか! ル・シュテル伯爵、未だ日本に行った事が無かったんでしたっけ? すっかり忘れていましたよ、申し訳ない。早速手配しましょう。今や、貴方なら審査も検査も必要ありません、フリーパスで入国可能ですよ。」


「そうですよ。ヴァント公国のゾルダー議員でさえニッポンに行っているのに。」


「いや、彼の場合はまた特殊な事例ですから。というか、あれからこんな所まで来たんですねぇ…」


ル・シュテル伯爵と高田はホテル・ザ・ジャパン最上階のバーから見えるエウルレンの夜景を見ながら、二人静かに盃を傾けた。高田が密かに政府の命を受け、実行していた帝国の転覆と無害化は成功し、新政府中枢内にも日本政府の意向が通じる者も潜ませた。そしてエウグストにも、こうして酒を酌み交わす事が出来るエウグスト政府の実力者ル・シュテル伯爵も協力者の一人と言っても過言ではない状況を作り、高田にとっても、日本政府にとってもここバラディア大陸では当面厄介事が起きない環境を構築した。


高田は満足げにグラスを空けると暫くは休暇でもとってヴォートラン辺りにでも観光に行こうかと思っていた矢先だった。

『緊急事態発生、至急帰国せよ。早急にマルソーに回収機送る。』


「ん、どうしましたかな、タカダさん?」


「いやなに、野暮用が発生したみたいです。今日はゆっくりしようかと思っていたんですが、急遽日本に戻らなくてはならなくなりました。直ぐにマルソーに飛行機が来るのでここで失礼しますね。ああ、伯爵の来日の件は上に伝えておきますから。」


「忙しいねえ、タカダさん。気を付けて。」


高田が去った後で、バーの扉が開いて一人の女がル・シュテルの隣に座った。


「あら、もう帰ってしまったのかしら。タカダさんってニッポン人。」


「惜しかったね。残念ながら入れ違いだよ。そこらですれ違わなかったかい?」


「いえ、誰とも会わなかったわ。……仕方が無いわね、ル・シュテル伯爵、お酒付き合ってよ。」


「ああ、良いですとも、レティシアさん。タカダさんも野暮用が片付けばまたこちらに来るでしょうから、お話はその時でもどうですか? 急ぐ話でも無いでしょうし。」


「そうね、そうするわ。」


ル・シュテル伯爵と元帝国軍レティシア少佐の密談は続いた。

こうしてエウルレンの夜は更けていった。

どうも今迄読んで頂いた皆様、ありがとうございます!

これにてガルディシア帝国の興亡は終了です。

どうも長い間お付き合いありがとうございましたー!


追記:次回作「カルネアの栄光」開始(ガルディシア帝国の時間軸と同じで西側の物語)

https://ncode.syosetu.com/n1009ha/

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえば、登場人物や地名、兵器の設定はいつ頃公開となりますか?
2021/06/05 23:34 退会済み
管理
[気になる点] 残党国およびエピローグまでって数年かかってますよね? [一言] 完結おめでとうです。 次の諸国の物語を楽しみにしております。
[一言] 毎日楽しく拝見していました。ありがとうございます。 是非西側世界の続編を書いていただきたいです!
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